「品種は…なんだろう。そこらへんで拾った子だから、分からないの。でも毛並みは真っ黒だよ」
「黒猫ちゃんですかぁ。ヒデちゃんの写真ないんですか?」
「ごめんね。スマホ、デスクに置いてきちゃったんだ」
凛は、望美の返事を聞いて肩を落とす。そして、大げさにため息をつくと、「それにしても…」と言葉を続けた。
「私たち、ヤバイですよねぇ。アラサーの女が2人、こんな華やかな場でしてるのが、色気とは無縁すぎる猫の話なんですもん。知ってます?猫好きって犬好きよりも独身率が高いんですって。
あぁ〜、早く結婚向きの安定した彼氏作らないとマズイですよぉ」
わざとらしく天を仰ぐ凛のおどけた表情に、望美は思わずクスッとさせられる。
少し肩の力が抜けた望美は長い髪を背中に払うと、手に持ちっぱなしだったミモザにもう一度口をつけながら、つぶやくように凛に問いかけた。
「そんなにしたい?結婚」
そんな望美のセリフを耳にした途端、凛はまたしても大げさに仰け反る。
「出た、川辺さんの男ギライ!ハァ、なんでこんな美人が男ギライになるかなぁ。私が川辺さんくらい美人だったら、今頃3回くらい結婚してますよ」
凛がそんな軽口を叩いていると、突然、会場が大きな拍手に包まれた。見れば、前方にセットされたスクリーンの前に、1人の男が登壇している。
ウェットな質感の短い髪。Tシャツの上に羽織った質の良いジャケット。ラフでありながら清潔感のある40代の男は、軽い身のこなしでスツールに腰かけ足を組む。そして、マイクを持つなり洗練されたジョークをボソリと呟き、一瞬にして会場全体を爆笑の渦に巻き込むのだった。
<フィンテック事業部のテクニカルマネージャー、上岡さんです。では、今期の事業展開についてお話お願いします−>
司会に「上岡」と紹介されたその男の様子を見て、凛がうっとりとため息をつく。
「やっぱり上岡さんはいつ見てもカッコイイなぁ。シリコンバレーから来たスーパーエリート!いかにも仕事ができる〜って感じの、大人の男の色気がスゴイですよねぇ。あっ、川辺さん、上岡さんいいじゃないですか。美人で東大出てる川辺さんだったら、きっとお似合いですよ!」
だが、盛り上がる会場と凛とは反対に、望美の気分は一転、暗く沈んでしまっていた。
飲みかけのミモザのグラスを近くのカウンターにそっと置くと、望美は凛に向かって言う。
「ゴメン、私…。仕事残ってるの思い出したから、デスクに戻るね。」
この記事へのコメント
そして、シリコンバレーからのエリートを振り切ってまで帰ってきたのが無職の子のところ…
余程のイケメンなのかな?
キミはペットのモモくらいイケメンだとわたしも一度くらいはかこってみたい笑