心の安らぎのため、人は愛を求める。
しかし、いびつな愛には…対価が必要なのだ。
―どこへも行かないで。私が、守ってあげるから。
これは、働かない男に心を奪われてしまった、1人の女の物語。
「品種は何なんでしたっけ?」
「え?品種…?」
2杯のスパークリングワインで回転がゆるんだ望美の頭は、突然投げかけられた言葉の意味を理解することができなかった。
怪訝な顔で固まる望美の顔を見て、質問をしてきた部署の後輩・凛が笑う。
「やだなぁ、川辺さんったら。川辺さんが飼ってる猫ちゃんの話ですよ。たしか、ヒデちゃんでしたよね?私も実家にフクちゃんっていう子がいるんで、猫大好きなんです」
そう言うと凛は、27歳らしい屈託のない微笑みを浮かべたまま、自身のスマホの待ち受け画面をグイッと望美に向かって押し付けてきた。
―そうだ、猫の話をしてたんだった…。
煌々と明るい画面に映し出された可愛らしいマンチカンを眺めながら、望美はゆっくりと状況を再認識し始める。
新卒から10年勤めている大手IT企業の、全社新年会。
社内ホールにコンパニオンやDJまで招いて大げさに開催されるこの恒例行事は、人混みが苦手な望美にとって、意識が飛んでしまいそうなほど苦手なイベントなのだった。
望美は、頭にかかったモヤを追い払うように2回咳払いをすると、飼っている“ヒデ”のことを思い浮かべる。
柔らかな黒い毛。まばらなヒゲ。そして、筋張った大きな手。
この記事へのコメント
そして、シリコンバレーからのエリートを振り切ってまで帰ってきたのが無職の子のところ…
余程のイケメンなのかな?
キミはペットのモモくらいイケメンだとわたしも一度くらいはかこってみたい笑