どんなに自己中心的な言動をされても、「彼にはこんなに心優しいところがあるから」と智絵美は自分に言い聞かせてきた。それは、悠人は悠人なりに頑張っていると信じていたからだ。
頑張っている彼を応援したい。その気持ちだけが智絵美の支えだった。
けれど、今の「それでいい」という投げやりな言葉を聞いて、智絵美の中で何かが大きく崩れてしまった。
顔立ちが整っていて、育ちも良い悠人。常に女の子が寄ってくるからこそ、すぐに彼女ができる。だが、一人の人と1年以上付き合ったことがないと以前言っていた、その原因は悠人自身にあるのだと、今はっきりと確信した。
だれかに欠点を指摘されても、それを直そうとはせずに、「自分に合わない人だ」と切り捨ててきたのだろう。
悠人は、「自由に生きる方が向いてると思う」と言ったが、彼の言う「自由」なんて、そんなものは自由でもなんでもない。ただのわがままだ。何の責任も取ろうとせずに、本当の自由なんて手にできないはず。
「…ふふっ」
しばらく沈黙が流れたあと、ふいに笑い出した智絵美を見て悠人は驚いた表情を向けてきた。
「え、何がおかしいの?」
「ん?別に」
智絵美が満面の笑みでそう答えると、悠人はますます困惑したように眉間にシワを寄せて首を傾げた。
その様子を見た智絵美は、空を仰ぎながら大きく息を吸った。そして、肺にたまった空気を勢いよく吐き出しながら今思った言葉をそのまま口にした。
「わかった、別れよう!」
あまりに元気な声に、悠人はポカンと口を開けたまま動きを止めてしまった。その反応がおかしくて、智絵美はまた「ふふっ」と笑みをこぼす。
「何言ってんの?冗談でしょ?」
「冗談じゃないよ。それに、悠人も別れたいって、さっき言ったじゃん」
わざと意地悪な口調で言うと、悠人は「ああ、そうだけど」と言いながら何かをぶつぶつ言っていたが、そんな彼にはお構いなしに、智絵美は大きく一歩を踏み出した。
「ありがとね。悠人は、好きなように自由に生きてよ」
半分皮肉、半分は応援。そんな気持ちで心からの言葉を伝えて、智絵美は振り返ることなく青山通りへ向かってまっすぐ歩いた。
「もう27歳」なのか「まだ27歳」なのか。智絵美の考えはいつもブレる。
26歳まではなんとなく夢見がちな部分が残っていたけれど、27歳になると急に現実的になったような自覚もある。
それは、無意識の中にも「30歳まであと3年」という、焦りに近い思いがどんどんと集積されて形作られてくるような恐怖。
30歳までに何者かになろうともがいている同期たちの中で、親の庇護というぬるま湯から出られないままの悠人。そんな彼は、もしかしたらものすごく哀れなのかもしれない。
憑き物が落ちたように清々しい気分で、冷たい空気を思いきり吸い込む。
ー27歳のこの選択を、間違っていなかったと思える日がきっとくる。
そんなことを思いながら、智絵美はただ前だけを見て歩いた。
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この記事へのコメント
悠人はただのお子ちゃま。
その予定が忘年会だし。