コンテストの参加者は順調に集まり、活動は本格的に始まった。
梨沙は、月曜と木曜の18時から21時まで、参加者と一緒に残る。その間、梨沙はネットニュースの閲覧や友人とLINEをして過ごしていたが、真剣な社員達を目の前にすると、彼等と自分には大きな溝があるように感じてしまった。
―同じ部屋にいるのに、私だけ異質だ。
なんだか惨めな気分になった。
梨沙は、だんだんとこのプロジェクトを避けはじめ、18時以降に残ることは無くなっていった。どうせ自分がいてもいなくても変わらないのだ。
そんなある日、プロジェクトの週次定例会議で、参加者からプロジェクトチームにクレームが入ったという報告を受けた。
その内容は、ビッグデータ解析に必要な元データを、ある事業部から共有してもらうよう梨沙を通して依頼したが、その後の連絡はなく、作業日も会場には現れなかったため、作業の進捗に影響を及ぼしている、というものだった。
「倉田さんには、ただ会場に居て問い合わせを受けてもらうだけの作業をお願いしているのですが、難しいですか?皆頑張っているんだからお願いしますよ」
梨沙は、皆の前で注意を受けた。注意した女性社員・祐希は、陰で“軍曹”と言われるほど、仕事に厳しい。
だが“軍曹”の下で1年仕事をすると、圧倒的な成長をすると言われており、実際、彼女の元を巣立っていった若手社員は今や、異動先の部署でエース級の活躍をしている。
―確かに、資料の共有については完全に忘れていた自分が悪い。だけど、可能な限り対応する、ということだったのに、そんな言い方をするなんて…。
「すみません。資料の共有については失念していました」
梨沙は、自分の仕事が誰でもできる仕事だと言われ、また、皆の前で注意されたことが恥ずかしくて、その後の会議の内容は全く頭に入ってこなかった。
会議が終わると、また加藤に話しかけられた。
「倉田さん、大丈夫?可能な限りってことだったのに、毎回行くのが当たり前になっちゃったね。でも、参加者も頑張っているし、これからも頑張っていこう」
「…私は、皆さんと違って、頑張れないんです」
それまで抱えていた鬱憤が、抑えきれない。気付いたときには、こう口走ってしまっていた。
「自分の好きなことじゃないと頑張れないじゃないですか…?簡単な作業と言うんだったら、自分でやればいいのに。私は、本当はこんなことやりたくないんですよ。今回のコンテストだって、事業化されるかわからないのに、皆あんなに頑張って、なんか馬鹿みたいですよね」
梨沙は、加藤にまた優しくしてもらいたかったのか、皆の前で注意されて動揺していたのか、自分でもどこまでが本音なのか分からない言葉が出てしまった。
「コンテストの参加者の中には、好きではない仕事をしている人もいるかもしれない。だけど、好きな仕事をするために、コンテストに参加した人もいると思う。自分で何もせずに文句を言うのは勝手だけど、せめて頑張っている人の足を引っ張るようなことはしないで欲しいんだ…。こっちは真剣なんだよ」
加藤は、今まで聞いたことがない冷淡な声で言い終わると会議室を出て行った。
梨沙は、自分の体温が一気に上昇するのを感じた。
―私の何を知っているの?!だって、誰も私を見てくれないじゃない…!
加藤が言っていることは正しくて、でも、これまで感じてきたことが溢れて、梨沙の頭と心の中はぐちゃぐちゃになった。
梨沙は、一人だけになった会議室で、しばらく椅子から立ち上がることができずにいた。
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正論を突き付けられた梨沙。今を変えるために行動することが出来るのか?
この記事へのコメント
とにかく、梨沙が今後どうなるか楽しみです。