―誰かに恋焦がれるなんて、もうないと思っていた―
夢中になって仕事をしてきた大人の男女は、いつしか恋する気持ちを忘れてしまう。
恋に不器用なオトナたちは、久しぶりの恋に戸惑いながらも、大切な人との愛を実らせることができるのだろうかー?
前回は、IT企業を経営する石田洋介(41)が10年来の付き合いである秘書への恋心に気づく話を紹介した。
今回は洋介の会社の顧問弁護士・河野綾子(39)の物語である。綾子には、忘れられない、ある“昔の恋”があった―。
―えっ……!帰国したんだ…。
土曜日の夜。
綾子が一人暮らしの部屋でお気に入りのワインを飲みながらFacebookを見ていると、スマホをスクロールする手が止まった。
以前付き合っていた元彼・太一が、東京タワーの写真と共に「日本に本帰国しました!」と投稿していたのだ。
綾子は、動揺を隠せなかった。今でも心を揺さぶる太一の存在に、5年前に封印したはずのある考えが頭に過る。
―私の選択って、正しかったのかな……?
5年前、太一の海外転勤がきっかけで、2人は別れた。彼からは「一緒にクアラルンプールについてきて欲しい」と言われたが、散々迷った挙げ句、綾子は別れを決断したのだ。
―弁護士としての、キャリアを積みたい。
その思いが強かった綾子にとって、海外転勤によってキャリアを一旦諦めることになるのはどうしても避けたかった。それにこの先、1回の転勤で終わるかどうかも分からない。
だから自分のようなキャリアを優先する女より、駐妻ライフを謳歌できる可愛らしい女性の方が彼には向いてるはず、そんな風に決めつけて自分を納得させていた。
だがその選択が正しかったかどうか、今でもよく分からない。
―結婚...したのかな?
別れてから5年。もう42歳の太一が結婚していても不思議ではないが、SNSを見る限り、それらしき写真は見当たらない。
綾子は、少し安心した。
―久しぶりに、会いたいな……。
そうは思ったものの、5年前に別れた元彼に連絡するのは気がひける。結婚している可能性だってゼロではないし、恋人がいるかもしれない。綾子は悩みに悩んだ末、短めのメッセージを送ってみることにした。
「太一、久しぶり。帰国したの?」
すると、すぐに返信が送られてきた。
「先月、ついに本帰国したんだよ。連絡してなくてごめん!綾子、元気にやってる?」
お互いに近況報告をし合っていると、太一から「会ってゆっくり話がしたいから、よければ食事でも」と誘われ、久々に2人で会うことになった。