やっぱり、彼のことが気になる
「久しぶり!綾子、全然変わってないね。相変わらず綺麗だなぁ……」
六本木のスペインバルに到着した太一は、興奮気味に話しかけてきた。
ーまったく…相変わらずのお調子者ね。嬉しいけど。
5年ぶりの再会に、いささか緊張していた綾子だが、変わらない太一の様子にホッと胸をなでおろす。
太一の方が3歳年上だったが、真面目で堅物と言われる綾子を和ませてくれる陽気な彼に、いつも助けられていたことを思い出す。
「とりあえず乾杯しよっか。太一、ビールで大丈夫?」
綾子が尋ねると、「じゃあ一杯だけ」と、頷いた。
「お酒好きな太一が一杯だけなんて珍しいじゃない。どうしたの?」
驚いた綾子が質問を投げかけると、彼は恥ずかしそうに答えた。
「健康診断の結果で中性脂肪が高くてさ…さすがに40過ぎると」
聞けば太一は、帰国した今でも出張が多く、かなり不規則な生活を送っているらしい。これまで見て見ぬ振りをしてきたが、最近は、健康を意識し始めて、アルコールも控えめにしているという。
「これじゃ、まずいと思って、ジムにも通い始めたんだけど。なかなか忙しくてさ…。腹周りが特にやばいんだよなぁ」
たしかに太一の身体は少しオジさんっぽくなっており、かつての若々しさはなくなってしまっている。
「そうね、これだとモテないかもよ?」
太一のお腹周りを見て悪戯っぽく言いながら女性関係を探ろうとしたが、彼は「だよなぁ」と笑うだけだった。
「綾子、ついにパートナーになったのかあ。さすがだな」
「太一だって、花形部署で出世コースじゃない。クアラルンプールどうだったの?」
その後も、2人の会話は久しぶりに会ったとは思えないほど盛り上がりを見せ、この5年にあったことを互いに報告し合った。特に仕事の話になると、昔から2人とも止まらなくなってしまうのだ。
駐在先でのプロジェクトや苦労などを話す太一は生き生きとしていて、魅力的だった。
―他の人だとついつい仕事モードになっちゃうのに、太一といると、素直な自分に戻れる……。
5年経った今も、太一には何でも気兼ねなく話すことが出来て、居心地が良い。
「この5年、本当に仕事のために生きてきたって感じだよ」
そう言いながら笑う太一を見て、綾子はほっと胸をなでおろす。太一の話しぶりや指輪をしていない様子から、結婚はまだしていないようだ。
仕事の話が落ち着いたタイミングで、恋愛について聞いてみようかと思っていたが、太一の方から話を振ってきた。
「綾子、結婚はまだだよね?彼氏...できた?」
「たまにデートしたりする人はいるけど、結局仕事が忙しかったりで続かないのよね...。今は誰も。太一は?」
太一も同じような答えだろうと思っていたが、実際の答えは予想とは違うものだった。
「前に、一時帰国したときに出会った子と時々会ってるけど…。でも結婚に焦ってるみたいだし、駐在狙いなのかなと思うこともあって」
―そうか、そうだよね。デートする子くらい、いるよね……。
心のどこかで、「俺も全然ダメ」という回答を期待していた綾子は、複雑な気持ちになる。
「そうね…。でも太一には私みたいな仕事一筋タイプより、ちゃんと太一について来てくれる子がいいと思うわ」
久しぶりの再会に心躍り、「もしかして恋の再燃…?」なんて期待してしまったことを綾子は恥ずかしく思い、思わずそんなことを言ってしまった。
そして「太一とは、ただの元カノと元カレの関係に過ぎない」と、自分に言い聞かせた。