2019.10.21
SPECIAL TALK Vol.61金丸:では、子どもの頃からお菓子作りをされていたとか?
辻口:そういうわけでもなく。この道に入ったきっかけは、実はショートケーキなんです。
金丸:ということは、実家のお菓子じゃなかった。
辻口:小学3年生のときに、友達の家で初めてショートケーキを食べて、あまりの美味しさに感動して。この感動をみんなに伝えたい、という思いがふつふつと湧いてきたのが、すべての始まりです。
金丸:三國さんはハンバーグを食べて感動したことがきっかけで、料理人への道を歩まれたそうです。辻口さんの場合は、それがショートケーキだった。
辻口:ケーキを食べ終わってお皿をなめていたら、友達のお母さんに「こんな美味しいお菓子、辻口くんの家にはないでしょう」と言われて。
金丸:ものすごくストレートな物言いですね(笑)。
辻口:内心、ムカッときたんですけど、事実、僕は皿をなめているわけだから反論もできず(笑)。言い返せない悔しさがありながらも、それ以上に感動したのを覚えています。
金丸:当時は贅沢品だったかもしれませんが、何にそれほど衝撃を受けたんですか?
辻口:生クリームが口のなかで溶ける感覚です。生まれて初めての体験でした。あとから考えてみればわかるんですけど、洋菓子は空気を入れるスイーツで、和菓子は逆に空気を抜き去るスイーツなんです。和菓子は煮詰めたり、おもちのように空気を取りながら潰したりすることで、もっちりした食感を目指します。その対極にある洋菓子の食感に、ものすごく衝撃を受けたんです。
金丸:その生クリームとの出合いが、辻口さんの人生を決定づけたということですね。
辻口:実家近くの『ボンボン』というお店のショートケーキでした。お店はもうなくなってしまいましたが、いつもそこのケーキ屋の前を通っては、ショーケースにしがみついていましたね(笑)。
逆境でも夢を諦めきれず、あくまで菓子職人を目指す
金丸:辻口さんはいい体格をしていますが、何かスポーツをされていたんですか?
辻口:中高の6年間、テニスをしていました。並行して中学では少林寺拳法、高校では極真空手を。
金丸:格闘系ですか。
辻口:ブルース・リーが大好きで、ヌンチャクも手作りしたくらいです。
金丸:同じですね! 私も大学時代にアメリカを旅行するとき、オモチャのヌンチャクを持っていきました。ブルース・リー全盛期でしたから効果は絶大で、リュックから見えるように垂らしておくと、誰も襲ってこなくて(笑)。
辻口:そんな使い方もあるんですね(笑)。僕はブルース・リーに近づきたくて、それなら中国武道だろうと少林寺拳法を習い始めました。でも型をやるばかりで実戦がない。これはどうやってもブルース・リーにはなれないな、と感じて極真空手に。
金丸:ショートケーキに衝撃を受けながらも、いろいろ寄り道をされてますね。
辻口:実は一時期、アクション俳優を目指していて。
金丸:全然お菓子と関係ない(笑)。
辻口:でもルックスがよくないので諦めました(笑)。それで原点に戻って、高校を卒業する頃には、やっぱりパティシエの道に進もうと決めました。
金丸:その時点で、実家を継ぐという選択肢はなかったのですか?
辻口:いずれは戻ってきて継ごうと思ってはいました。ただ、僕がパティシエの修業に出てすぐ、実家が倒産してしまったんです。
金丸:ええっ。いったいどうして?
辻口:うちの親父は頼まれたら断れない人で、いろんな人の借金の保証人になってしまって……。
金丸:では事業で失敗したのではなかったのですね。
辻口:ええ。でも東京で修業を始めてまだ2ヶ月でしたから、母が「店が潰れたから、修業をしてもしょうがない。戻ってきなさい」と。しかも「かまぼこ屋の就職を決めといたから」と言って。
金丸:お母様、パワフルですね(笑)。
辻口:修業先の給料は4万5千円。一方、かまぼこ屋は12万円。給料だけ見れば、かまぼこ屋がいいのは確かなんですが。
金丸:それでどうされたんですか?
辻口:一旦戻りました。友達にも会いたくないので、ひとり七尾の街が一望できる公園で、ぼーっと街を見ながら、「本当にかまぼこ屋に行っていいのだろうか」と。
金丸:夢を叶えるために家を出たはずなのに。
辻口:そうなんです。やっぱり自分が本当にしたいことをやらないと、いずれは母をうらむことになるな、と。それで「もう一度東京で勝負したい」と母を説得し、1ヶ月ほどコンクリート工場でアルバイトをしました。危険な工程もある仕事だったので、そのぶん給料も高くて。貯めたお金で布団と切符を買って東京に行きました。
金丸:パティシエの道に復帰したんですね。東京のどちらに?
辻口:大泉学園のケーキ屋です。
金丸:そのお店はどうやって選んだんですか?
辻口:とにかく「住み込みで働けるお店」を探しました。実家から支援を受けられないので、住み込み以外だと生活できない状態でしたから。
金丸:なるほど。いろいろ考えずに、とにかく飛び込んだ。私は“入り口”について、あれこれ考え過ぎないほうがいいと思っています。就職が一番わかりやすいですよね。入り口、つまり最初にどこに入社するかを気にする学生は多いですが、でも一生同じ会社で働く時代でもないし、そこがだめでも必ず次につながります。逆に、あまりにも恵まれた環境だと、無駄に長居してしまうかもしれない。だから必ずしも恵まれた環境を探す必要はないし、さっさと飛び込むことこそ大事じゃないかと思うんです。
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