目の前に現れた、かつての同級生
やはり運は俺に向いている。氷室は、改めてそう思った。
本日の会食の相手、神原会長とたまたま地元が同じだっただけでもラッキーなのに、同じ高校の出身でもあることがわかったのだ。
神原会長と氷室が通っていた高校では、文化祭や体育祭が学生主体で行われていたが、それらは他校とは比べ物にならないほどの本気度だった。生徒がゼロから作り上げるという学校の方針のもと、勉強そっちのけで準備するのだ。
だから、たとえ同じ期間に学校に通っていなかったとしても、「体育祭」というワードだけですぐに盛り上がり、「面倒だった」「仲間割れした」など、感情を共有することが出来る。
共通項の探り合いなどなく、人間関係の構築の第一歩が進められる。商談の際にはそれだけでもかなりメリットが大きい。
「そうかぁ。もう記憶もおぼろげだけれど、その頃から運動会の色分けはその4色だった気がするなあ」
「へえ! そうなんですか。では応援団伝統の応援歌などは…」
「そういえば、副社長も同じ高校出身なんだよ。今度は彼も呼ぼうか」
「ぜひお願いします」
テーブルに額をつける勢いで頭を下げながら、氷室の口角は自然と緩んでいた。
−パートナーもほぼ確実、お偉いさんとのコネクションも上々。あとは大型案件の一つでも。
その時である。
「おや、あそこにいるのは堀越くんかな」
神原会長はレストランの入り口に視線を向けた…と同時に、あっ、と声を上げる。
「そういえば彼、上場準備のために弁護士を探しているって言ってたな。氷室くん、話だけでも聞いてやってくれないか」
−上場準備か…、悪くない。
「おうい、堀越くん」
男を呼び寄せた神原会長は、氷室に彼を紹介してくれた。
「こちら、堀越裕一くん。ベンチャー企業をやっていてね、僕は彼のお父さんと知り合いなんだ。堀越君、こちらは氷室徹くん。うちの会社を手伝ってもらっている弁護士だ。
少し話してみたらいい。私はちょっとお手洗いに…」
目の前に現れた男を見るなり、氷室は固まった。
−ほ、堀越裕一って。あの…!?
切れ長の目、特徴的な丸い鼻、そして意志の強そうな太い眉。少し猫背気味の姿勢。
中学時代。ひむろ、ほりこしの並びで、五十音順の座席でいつも自分の後ろの席にいた、あいつだ。
「堀越、だよな…?なんていう偶然なんだ。いやあ、久しぶりだなあ!」
氷室が驚いた顔で聞くと、堀越は無言で頭を下げた。
「元気してたか?よく一緒に遊ん…」
そこまで言いかけて、氷室は固まってしまった。
頭を上げた堀越の顔を見ると、目は真っ赤に充血し、今にも溢れ出しそうなほど涙が溜まっているではないか。
涙をこらえているのか、視線を天井にやったり、目をぎゅっとつぶったりしている。
大人の男が泣いている姿を見るなんていつ以来だろう。突然の出来事に理解が追いつかない。
「おい、大丈夫か?」
動揺した氷室がハンカチを差し出すと、堀越はハンカチを受け取ることもなく、目を逸らしたままこう答えた。
「過去のこと、色々思い出しちゃってさ。…氷室君は覚えてないだろうけどね」
−過去のこと…?俺は覚えていない…?何のことだ?
堀越との思い出は、他の同級生と同じく、平穏でありふれたものと記憶していたため、頭が混乱する。
それもそのはず。
なぜなら、この時氷室は、堀越の涙の意味を知る由もなかったのだから。そして、これから自分の人生が狂っていくということも。
▶︎Next:10月30日 水曜更新予定
氷室の前に現れた、かつての同級生・堀越。彼は何かを企んでいる…?
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