世の中は、弱肉強食の世界だ。
特に、この東京で生きる男たちにとっては。
皆、クールな顔をしながら、心に渦巻くどす黒い感情を押さえつけるのに必死だ。
弁護士としてのキャリアを着実に重ねる氷室徹(34歳)は、パートナー目前。年収は2,000万を超える。圧倒的な勝ち組と言えるだろう。
しかし、順風満帆に見えた彼の人生は、ある同級生との再会を機に狂い始めていく。
思い上がり、嫉妬、嘘、過ち、復讐…。
一体何が、彼の人生を破滅させる引き金となったのだろうか。
「氷室さん、次の人事でパートナーだってよ」
氷室が自分の部屋へ戻ろうとしていると、廊下からそんな声が聞こえた。
今年入所したばかりの新人アソシエイト達が、エレベーターを待ちながら話しているらしい。
「凄すぎじゃね?確か、俺らと10歳くらいしか離れてないじゃん」
「そうだっけ。いずれにしても若いよな。パートナーとか絶対無理だわぁ」
エレベーターが到着したのだろう、次第に彼らの声が遠ざかっていく。そこでようやく、氷室はオフィスにつながる廊下に出ることができた。
「… 参ったな」
口ではそう漏らしつつも、内心ではガッツポーズだった。新卒の連中にまでそんな話が行き渡っているのであれば、それはもはや噂ではなく“信憑性のある話”だからだ。
オフィスに戻る途中、誰が見ているかもわからないのに、最近新調したばかりのジョンロブを履いた足が、ご機嫌に廊下を蹴るのも致し方ない。
「ご機嫌ですね」
部屋に戻ってきた氷室を、ぶっきらぼうな声が迎えた。最近入所したばかりの秘書は、いささか愛想が悪い。しかし、そこも愛嬌に思えるくらいに氷室の心は踊っていた。
「午後の予定は?」
「13時から神原会長と『赤坂 津つ井』で会食です」
「お、ちょうどいい。久しぶりに、あの店のビフテキ丼を食べたいと思っていたんだ」
会食相手の神原は、氷室の上司が顧問弁護士を務めている会社のオーナーだ。ゆくゆくは、自分が顧問弁護士を引き継ぐのだろうと思っている。
氷室は深々と椅子に腰掛け、窓の外に目をやる。見事な秋晴れだ。
雲ひとつない晴れた青空は、まるで自分の心を表しているようだと、ほくそ笑んだ。
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