2019.08.23
呪われた家 Vol.1―結婚―
それは、愛し合う男女が二人で新しい家庭を築くこと。
だがその儚い幻想が、見事に打ち砕かれたら…?
女は生まれ育った家を、それまでの人生を捨て、嫁ぎ先に全てを捧げる。結婚と同時に“家”という呪縛が待ち受けているのだ。
奇妙な風習、監視の目、しきたり、そして義家族たちの薄笑い…。
夜な夜な響くその声は、幸せでいっぱいだったはずの新妻の心を蝕んでゆく。
―逃ゲヨウトシテモ無駄ダ…
「披露宴の式場、うちの伝統でここって決まってるんだけど良いかな?」
帝国ホテルの『ランデブーラウンジ』のバーで、ゆっくりとカクテルを楽しんでいたとき。
沙織が不意に聞いたその言葉が、思えばそれがプロポーズだった。
「どういう意味?まさかプロポーズのつもりなの?」
「ああ。えっと、ごめん。段取りを間違えたな」
宗次郎は、バツが悪そうに頭を掻いた。沙織は思わずため息混じりに失笑する。同時にその不器用さを愛おしくすら感じるのだ。
「もちろん、この後プロポーズの本番のために、スイートルームとハリー・ウィンストンのダイヤの婚約指輪を準備してくれてるんでしょ?」
段取りの悪さのお返しに、沙織は愛を込めて少々悪ふざけをしてみる。本来は、高価なものを易々とねだるような女じゃない。当然宗次郎は戸惑いの表情を浮かべた。
「え?…ハリ…?なに?」
―私、この人と家族になるんだ。
誰よりも優しくて、真面目で、不器用で…きっと素敵な夫に、そしていつかは素晴らしい父親になる。
「私のこと、幸せにしてね。絶対だよ」
沙織は独り言のようにポツリと呟いて、その言葉をかみしめた。
26歳の沙織と28歳の宗次郎は、共通の友人の紹介で出会い、付き合い始めて1年。「いつかは…」と思っていたけれど、想像より早いタイミングでそのときは訪れた。
看護師の沙織は、総合病院の小児病棟で働いている。夜勤もある三交代制のシフトは激務だが、まだ若く体力もあり、仕事にやりがいも感じていた。
仕事柄もあってか、看護科時代の友人も同僚も、周りの同世代を見てもいわゆる結婚ラッシュが来る様子はない。
まさか付き合って1年で、しかも26歳で、誕生日でもクリスマスでもないこのタイミングでプロポーズを受けるとは思ってもいなかったが、宗次郎は最愛の恋人だ。断る余地はない。
沙織は、少しずつ幸せを実感し始め、自分と宗次郎の結婚生活を思い描き始めていた。
この記事で紹介したお店
ランデブーラウンジ/帝国ホテル 東京
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