200億の女 Vol.5

「彼といると、自分がコントロールできない」。2人の女を翻弄する、男の巧みな話術とは

「…神崎さん?」

富田の声に私は、頭の中にリアルに浮かんでいた2人の映像をかき消す。そして誤魔化すように言った。

「富田さんは、本当に彼が好きなのね」

「はい。大好きです」

迷いなく答えて、まるで大輪の花火が弾けたように笑った富田の笑顔は、とても眩しかった。

そして。

彼が私を訪ねてきたのは、その数日後のことだった。

丸の内 兼六堂本社前 19時21分


「神崎さん」

会社の正面玄関を出て、数メートル歩いたところで声をかけられ振り返ると、小川親太郎が立っていた。

「…小川さん。こんばんは。富田さんなら、今日はまだ残業中ですけど」

まだあと1時間はかかると思いますよ、と距離を保ったまま言った私に、彼が歩みよりながら言った。

「それは…僕にとってはラッキーだったのかな。賭けをしていたんです。もし、葉子が先に出てきたら、迎えにきたと言って一緒に帰る。でももしあなたが先に出てきたら…少しお話しする時間をいただこうかと」

この男性のために涙をこぼし、大好きだと言って笑った富田の、あの情熱を思い出すと、自然と私の体はこわばってしまう。

「…私と話を?どんな話でしょう」

そんなに警戒しないでください、と彼は困ったように笑った。私は自分の言い方がきつくなったことを謝って、妥協策を提示する。

「駅まで…地下鉄の駅まで歩く間で大丈夫ですか?家族と夕食の約束をしていますので」

そう言いながら、彼の答えを待たずに歩き出した私の横、車道側に彼の長身のシルエットが並ぶ。歩き続ける私を気にする様子はなない。

「ここから駅までなんて、3分もないでしょう。お願いします。1時間だけ、お時間もらえませんか。神崎さんに聞きたいことがあるんです」

「ならば、日を改めて頂けませんか? 先程も言いましたが今夜は家族と…」

「僕のこと、調べましたよね?」

思わず足を止めてしまったことが答えになった、と気づいた時には、もう遅かった。

―なぜ…。

私がそう思った瞬間、フッ、と笑い声が降ってきて、私は彼を見上げる。

「意外に顔に出やすいですよね、神崎さんって。なぜ僕がそのことに気がついたか気になります?正直に話しますから、これから1時間だけ、僕にください。そして僕にも、なぜあなたが僕を調べたのか…教えてください」


「知り合いの店なんです」

小川親太郎に連れてこられたのは、銀座の路地裏、地下に潜ったバーだった。

2年前にできたのだという小さな店。カウンター8席のみの店内に見えるが、奥に秘密の個室があるのだと、聞いてもいないのに小川親太郎が教えてくれた。

客は私たちだけ。知り合いだという店主も、沈黙を続ける私達に気を使ってか、端に座った私たちから離れた所で氷を削っている。

一枚板のカウンターは、けやきかヒノキか。品良く照明を受けて光る様子から、手入れが行き届いていることがわかる。

そして、私と彼の目の前にそれぞれの飲み物が置かれると、彼が苦笑いで口を開いた。

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