ポルシェをきっかけに転職した男の激動人生
そして彼は、試用期間後の年収としてMR時代の2倍を軽く超える額を提示された。
転職後の彼は「僕にチャンスをくれた社長に恩を返すんだ」と、それはもう夜遅くまで一生懸命働いていたという。
そして入社から1年経ち、社長にすっかり気に入られた彼は、遅い入社祝いとして社長が持っていた『ポルシェ911カレラ』を譲り受けたのであった。年式は古かったが、それでも以前の会社に勤めたままだったら買えないような価値のある車だった。
そんな日々が過ぎる中、彼は少しずつ変わっていったという。
「悪い方に変わった訳ではなく、むしろ逆なんです。周囲から新しい刺激をたくさん受けているせいか、彼は自信に満ち溢れてきたというか…私が言うのもなんですが、とても堂々とした素敵な大人の男性に変わっていったんです。」
ある日、優美は彼の会社の近くを通った時に、偶然彼を見掛けた事があったという。
これまで袖を通す事もなかった細身のスーツをスマートに着こなし、同僚と思われる女の子たちを連れて楽しそうに歩いており、遠目から見ても自分の彼とは思えないほどカッコ良くなっていた。
「後日、彼に会った時にその時の事を話したんです。この間虎ノ門辺りで見掛けたよ。“女の子達とランチに行ったりするんだね”って。本当はスーツ姿で堂々と歩く姿、とてもカッコイイって思ったんだよ、と言いたかったのに…。なぜか口から出た言葉は違う言葉でした」
そこまで言って、優美は目を伏せた。
「その時、自分の胸の中に何か黒いものが産まれる…嫌な感覚があったんです。それは“引け目”でした」
“自分はこの車にふさわしくない”という劣等感
ボクスターに乗り始めた頃、他の女性に対して引け目を持つような事は一切なかったという。
周囲は医者や経営者など華やかな職業の人ばかり。その助手席に座る女性も同様、それと分かるハイブランドのバッグとサングラスを持つ、華やかな女の人ばかりだった。
「彼が乗る中古のポルシェの何十倍もの値段だという車から、堂々と降りてきて屈託のない笑顔を見せる彼女達はとても眩しくて素敵だった。その時は羨ましいと思うより、そんな芸能人みたいな人達と一緒にいられる事にドキドキしてただ楽しかったんです」
当時、彼女は大学卒業したてで23歳という若さ。自分とは違う世界にいる人たちに対して、“憧れ”という感情しか湧かなかった。
「でも彼が転職して車もカレラに変わって…その頃からそんな彼女達に対して引け目を感じるようになったんです。車の中で彼と2人きりの時はいいけれど、車から降りるのが苦痛になってきたんです」
彼女が座る車は、中古のボクスターではなく911カレラ。このカレラという車に自分はふさわしくない、と思うようになったという。
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