「美希さん?子供達もお腹空いちゃいますし、お料理取りに行きません?」
「あ…はい、そうですね!行きます!」
声をかけてくれた女性は、料理の方へと歩きながら優しげな眼差しを美希に向け、言葉を続けた。
「いつも主人がお世話になっております。山本龍太の妻です。…ごめんなさいね、うちの主人、いつもああなの。緊張してるだけだから、お気を悪くしないでね」
山本の妻は、おそらく36歳の美希よりも年上なのだろう。その立ち振る舞いからは、成熟した女性特有の優雅な風格が感じられた。
腰の低い物言いに「とんでもないです!」と美希が慌てていると、山本の妻の背後からもう1人の女性がお辞儀をしてくる。
「はじめまして、日向の妻です。日本は久しぶりなので、色々教えてくださいね」
日向の妻は、まだ若く見えた。しかしながらその愛らしくも品のある佇まいには、年に似合わぬ貴婦人然とした育ちの良さが滲みでている。
「あ…こちらこそ…」
2人の放つ堂々としたオーラに気圧された美希は、ぎこちない返事を返してしまう。
そんな美希の様子を見ていた山本の妻が、クスッと頬を緩めた。
「美希さん、そんなに硬くならないで。うちの主人、こうして海野家と日向家の皆さんと家族ぐるみのお付き合いをするのに、ずっと憧れていたみたいなの。私たちも主人たちのように、いいお友達になりましょう。私のことは律子って呼んでね」
日向の妻も、山本律子の言葉に同調する。
「そうですね、ぜひ。私は千花と言います。ほら、見て。子供達はもうすっかり打ち解けちゃったみたい」
日向千花の視線の先を見てみると、真奈を含めた3人の子供達は、元から友達であったかのように楽しげにパンを選んでいた。
先ほど山本龍太にそっけない態度を取られたことで硬化していた美希の心が、ゆっくりとほぐされていく。
―なんていい人たちなんだろう。こんな素敵な人たちとなら、楽しい家族ぐるみの付き合いができるかも…。
美希は、期待に頬を上気させながら「はい、よろしくお願いします!」と答えた。
退屈な毎日に訪れた、「家族ぐるみの付き合い」という新鮮な変化。
...だがその変化が美希を絶望の淵へと導くことになるとは、この時はまだ知る由も無かったのだ。
▶NEXT:6月7日 金曜更新予定
ついに始まった「家族ぐるみの付き合い」。その罠に、雁字搦めにされていく
※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。
東京カレンダーが運営するレストラン予約サービス「グルカレ」でワンランク上の食体験を。
今、日本橋には話題のレストランの続々出店中。デートにおすすめのレストランはこちら!
日本橋デートにおすすめのレストラン
この記事へのコメント
家族ぐるみで仲良くしたいとか、そんなん片方の都合でしかないしほんとやだ。。
でも、結婚前の片方の友達関係では上手くいかない気がするな。気があうとも限らないし、この夫達みたいに本人だけ盛り上がって周り全てが置いてけぼりにされたりする。
うちも、旦那の友達と集まってコテージ宿泊旅行行ったけど、一人は奥さんは不参加、一人は小さい子供の面倒にかまけててBBQの準備をほぼ一人ですることになって散々だった。なの...続きを見るに楽しかったね!またやろう!と言い出す旦那に殺意覚えたなぁ‥