浪費の女王 Vol.1

浪費の女王:物欲に抗えない32歳・年収1,200万の女。買い物を巡って彼との間に流れた、不穏な空気

ストレス発散法は「カートに入れる」


「あ、気付いた?ずっと欲しかったシャネルのリング、先週銀座でちょっと時間が空いた時に買ったの」

「へぇ…」

心なしか、慎吾の表情がこわばったように感じた。

その表情の中に隠れている、ほんの僅かな非難。

それを敏感に感じ取った紗枝は、蓄積した疲労のせいもあってか自分でも意外なほどに過剰な反応をしてしまう。

「なに?別に慎吾にタカってるわけじゃないじゃん。買い物でモチベーション上げるのはいけないこと?」

「別に。そんなこと思ってないよ」

2人の間に気まずい沈黙が横たわる。慎吾はひと呼吸置くと立ち上がり「じゃ、そろそろ寝るね。おやすみ」と言い残して寝室へと引っ込んでしまった。


―何よ。久しぶりにゆっくり話すために起きてたんじゃなかったの?

慎吾に対して不満があるとすれば、この逃げグセだ。少しでも不穏な空気が流れると、衝突を避けてすぐに撤退してしまう。

争いを好まない穏やかな性格は、慎吾の持つ美点だろう。しかし、何事も根本的な問題解決を好む紗枝にとっては、言いたいことを飲み込んでいるように見える慎吾の姿は時々無性にもどかしく感じるのだった。

ほうじ茶のマグカップが手の中で熱を失っていく。

広いソファに一人ポツンと取り残された紗枝の体がブルっと震えた。

―寒い…。

紗枝は傍らに放り出していたスマホを再び手に取り、画面のロックを解除する。先ほど検索結果を表示したままにしてあったメンズの防寒靴下を適当に2、3見繕ってカートに入れると、続けて検索窓に「ルームウェア あったかい」と入力した。

ジェラートピケのルームウェアと、3万円を超えるベアフットドリームズのロングパーカーを、値段も見ずにカートに入れる。暖かで可愛い部屋着に包まれてくつろげば、今よりもっと満たされるに違いない。

ひとまず満足した紗枝は、冷え切ったマグカップをキッチンに下げながら先ほどの慎吾との会話について思いを巡らせた。

―さっきの慎吾への態度、仕事の疲れで八つ当たりしちゃったよね…。お詫びの印に、慎吾の分のルームウエアも買っておこうかな。

多忙な中少しでも一緒にいたいと1ヵ月前に始めた同棲だったが、ソファの購入を強行した時からだろうか。気持ちのすれ違いが増えてしまったように感じる。

モヤモヤとした現状を打破しようと再びショッピングサイトにアクセスした紗枝は、カシウエアの3万円を超えるバスローブをメンズとレディース各1枚ずつ選択する。ついでに、4万円程のダマスク柄のキングサイズブランケットもクリックした。

―この寒さが気を立たせるのよ。一緒にあったかくして過ごせば、きっと同棲前みたいに仲良くできるよね…。

カートに商品を放り込んでいくたびに、むしゃくしゃした気分が晴れていく。

「購入」のボタンをクリックした時には、先ほどまで紗枝を苛んでいた憂鬱な気分はすっかり何処かへ吹き飛んでいた。

この買い物が2週間後、紗枝を破滅へ導くことになるとも知らずに…。


▶NEXT:2月6日 水曜更新予定
肥大するハイスペ女子の欲求に、堅実な彼氏からの冷たい視線が突き刺さる

この記事へのコメント

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No Name
部屋、暖房つけよう。
2019/01/30 05:3999+返信7件
No Name
これじゃ1200万でもカツカツなんじゃない?でも無業の女王より、まだ好感持ててしまう 笑
2019/01/30 05:4599+返信18件
No Name
買い物依存症ですね…
2019/01/30 05:4399+返信6件
もっと見る ( 140 件 )

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