買い物は、魔法だ。
流行の服と良質な宝飾品を買えば、美しい自分になれる。
贅沢なエステや極上のグルメにお金を費やせば、優雅な自分になれる。
女は買い物という魔法を使って、“なりたい自分”を手に入れるのだ。
ならば、どれだけ買っても満たされない女は一体何を求めているのだろう―?
キーボードを叩く右手の薬指に、ダイヤが散りばめられた可憐なカメリアの花が煌めく。
買ったばかりのシャネルのカメリアコレクションリング。20代前半の頃から長い間憧れていたものだ。
90万円近いリングだが、32歳にして年収1,200万円以上を稼ぐ高木紗枝にとっては決して無理な買い物ではない。
―やっぱり奮発して良かった。テンションあがる!
憧れだったリングが目に入るたびに、連日の激務でヘトヘトになった体にパワーがみなぎる。
次は何を買おうか?
そう考えるだけで紗枝の心は、まるで女王にでもなったかのように、えも言われぬ高揚感に包まれるのだった。
◆
“バリバリ働いて、ジャンジャン好きなものを買う”。
それが紗枝のポリシーだ。
学生時代から必死に勉強してセカンドティアではあるものの外資系証券会社に入社したのも、“自立した女性”として豊かな人生を送るための選択だった。
年収1,200万円は、湯水のようにお金を使えるほどの額とは言えないかもしれない。でも、気に入った場所に住み、美味しいものを食べ、ときどき贅沢な「自分へのご褒美」を買うのには十分な金額だ。
―欲しいものはまだまだたくさんある。もっと素敵な自分になるためには、お金を使うことを惜しんでちゃダメよね。
ポジティブな物欲が自分の原動力だということを、紗枝はよく理解している。
この時の紗枝にとってはまだ、買い物は“幸せになるための魔法”だった。
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