2018.11.21
10年越しの恋 Vol.1いつからだろう。現実を生きる私たちが、夢を見なくなったのは。
どれだけ努力したって、叶わないことはある。
理不尽な力に、抗えないときだってある。
多くの人は、そう自分に言い聞かせ、今を生きることで必死になってしまうのだ。
アパレル企業で働く真理亜(32)も、かつては大きな野望を抱いていた女のひとり。10年という歳月とともに、すっかり夢を忘れてしまった真理亜だが、あるとき彼女に小さなキッカケが訪れるー。
慣れきった日常から一歩を踏み出すのは、今なのかもしれない。憧れの夢をつかむチャンスは、みんなに平等なんだから。
「はぁ…」
デザイナーとの打ち合わせを終えた真理亜は、小さく息を吐いた。
華やかな雰囲気のオフィス内では、皆が忙しそうに仕事に没頭している。真理亜の小さなため息など、誰にも聞こえていないだろう。
真理亜は、アパレル企業で働く32歳だ。数年前からは、人気ブランドのマネージャーを務めている。
そんな彼女が憂鬱な理由。それは、打ち合わせでデザイナーと揉めてしまったことが原因だ。
『あなたはデザインというものを、まるで理解していない…!』
色彩溢れる華やかなオフィスの中で投げつけられたその言葉が、真理亜の心にモノクロの影を落としている。
デザイナーのこだわりを常に尊重してあげたいのは山々だが、ブランドマネージャーとしてはコストを管理するのも重要な仕事である。予算を重視する真理亜の態度が、アーティスト気質のデザイナーを怒らせてしまったのだ。
こうしたいざこざは日常茶飯事で、真理亜はデザイナーの気性の荒さにも慣れつつあったが、今日だけは軽く流せそうになかった。
—私だって本当は、デザイナーになりたかったのになあ…。
就職前はジュエリーデザイナーを目指していたが、チャンスを掴めず、真理亜がこの会社に総合職として入社してから10年以上が経つ。かつて抱いていた夢も今ではほとんど忘れかけ、売上を重視しつつコストを管理する現実に追われていた。
デザイナーの辛辣な言葉に、自分自身を否定されたようで、真理亜は肩を落とす。
時計を見るともう5時だ。気分は晴れないままだが、今日は最後に新しい雑誌広告の打ち合わせで、広告代理店とのアポがあるのだった。
重い心と足取りで会議室に入る。
「あっ…!」
そこに現れた営業マンの顔を見て、真理亜は息を飲んだ。
昔大好きだった元カレが、同じように驚いた顔をして立ち尽くしていたのだ。