想定外妊娠 Vol.5

想定外妊娠:「仕事であなたの代わりは、いくらでもいる」。妊娠2カ月の未婚女が気付いた残酷な真実

「結婚なんかしない」

そう、言い張っていた。

今の生活を手放すなんて考えられない。自由で気まぐれな独身貴族、それでいいと思っていた。

仕事が何より大事だと自分に言い聞かせ、次々にキャリア戦線を離脱してゆく女たちを尻目に、私はただひたすら一人で生きてゆくことを決意していたのに−。


”想定外妊娠”に戸惑っていたのもつかの間、千華ははじめてのエコーで心を大きく揺さぶられ、たとえ独身だろうと産む決意を固める。

元彼・ショーンに妊娠を告げるも、戸惑う彼の態度を受け入れられず逃げるように店を飛び出してしまった

不安定なまま迎えた広告賞の授賞式。クライアントに強引に酒を勧められて困っていると、かつて憧れていた浅野先輩に間一髪で助けられたのだった。


私はずっと、浅野先輩を心の底から尊敬していた。

彼女の功績を並べたら、私なんて足元にも及ばない。

激務が続き日付が変わってしまっても、美しく爽やかな姿で完璧な仕事をやり遂げる。

そんな先輩の背中を追い続け、"いつか必ず追い越してみせる"と必死になっていた私のことを、彼女は決して疎まず、フォローを惜しまなかった。

時に厳しい言葉をぶつけることがあっても、必ず最後には「いい仕事をしましょう」と言って手を差し伸べてくれる。

こんな女性に私もなりたいと、思い続けてきた。

けれど、産休の取得をきっかけに「やりきったから」と言って、先輩はあっさり去ってしまった。「セールスに戻るつもりもない」と付け加えて。

当時、そんな彼女を、どうしても理解することはできなかった。

理解できなかったのではない、認めたくなかったのだ。ゆるいキャリアで満足し、口を開けば「結婚したい、子供がほしい、仕事を辞めたい」と繰り返す女たちの姿とダブって見えた。

先輩の背中を見送った日、"私はこんな風にはならない"と、固く心に誓っていた。



「千華ちゃん、妊娠したの?」

浅野先輩の問いかけに、私は小さく頷く。

「…はい。」

何年も昔、ミスを報告した日のように、私はカタカタと震えながら答えた。

「ねえ、千華ちゃん。お茶でもしましょう。」

一緒に働いていた頃のように、差し出された救いの手。それはあの当時と少しも変わらない。

先輩はいつも、迷ったり困ったりした時には「一旦その場から少し離れて、俯瞰してみるのがいい」と言って、私を連れ出してくれた。今日もまた、同じように私達はカフェへと向かう。

六本木ヒルズの『ミスターファーマー』に入ると、先輩にお礼をいうよりも先に、私はソファー席に座り込んでしまった。

—会場にいたら息もできなかった。

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