「長谷川さん!お待たせしました」
気合で仕事を早く切り上げ、指定された広尾の割烹に足を踏み入れると、剛はすでにカウンターに座っていた。
馴染みの店なのだろうか。大将と気さくに話す姿もこなれており、芽衣はそんな彼の姿にもうっとりと見惚れてしまう。
この日のデートに、芽衣はかなりの気合いを入れていた。
芽衣は今年31歳になるが、実はこの2年間、何度かデートをする男はいたものの“彼氏”と呼べる相手はいない。
それがまさか名の知れた経営者からデートに誘われ、さらには彼のルックスも、芽衣の好みどストライクな濃い口イケメンなのだ。
初回のデート、ここは大人の女性を演出したい。
そう考えた芽衣は、美しいVカットとアシンメトリーなデザインがポイントの少々個性的なトップスにグレーのパンツ、揺れるタイプの4連パールピアスで颯爽と登場してみせた。
しかし芽衣を一目見た剛の反応は…想像とは少々違っていたのだ。
「あれ?…芽衣ちゃん、この間と雰囲気だいぶ違うね」
そう言った剛の表情は、一応の笑顔はあるものの、戸惑ったような、困ったような微妙なものだったのだ。
それでもお酒が進むにつれ会話も盛り上がり、彼が上機嫌で語る仕事の話も芽衣にはとても興味深く、初デートにしては和気あいあいと、楽しい時間を過ごすことができた。…はずだったのだが。
それは別れ際、タクシー待ちをしている時のことだった。
「芽衣ちゃん、実は俺さ…あんまり個性的っていうか、癖のある服を着る子が苦手なんだよね」
「え…?」
あまりに突然の告白に、芽衣は即座に意味を理解できない。言葉を発せず呆然と立ち尽くしていると、彼は一切悪びれることもなく、こう続けたのだ。
「次会うときはさ、この間みたいな女の子らしい服っていうか清楚な感じの、俺好みの服装だと嬉しいな」
男はどうして皆、女子アナ風ファッションが好きなのか?
−俺好みの服を着て、か。
朝、会社までの道のりで、剛に言われた言葉が頭に何度も何度も蘇る。
別に、どうしても嫌なわけではない。それで彼に好かれるなら、容易いことだとも思う。しかしやっぱり、モヤモヤとする…。
「芽衣!」
結論の出ない考えごとをしていると、同期のトオルに肩を叩かれた。
トオルは同期の中でも仲の良い男友達のひとりで、お互いに恋心などは一切ないが、仕事のこともプライベートのことも気兼ねなく話せる相手である。
くだらない話で笑い合っていると、トオルが急に改まり、「実はさ」と真面目な顔になった。
「お前には先に報告しとく。俺、結婚することになった」
「え!?」
トオルのことは別に何とも思っていないはずなのに、胸がちくりと痛むのはなぜだろう。
芽衣は動揺を誤魔化すように大げさに驚いて見せた後「どんな子?写真見せてよ!」と彼に詰め寄った。
するとトオルは「えー?」などと言いつつ、どこか嬉しそうな顔でスマホを取り出し、カメラロールから1枚の写真を芽衣に見せる。
そこに映る女性の姿を目にしたとき、芽衣は再び心を抉られる思いがした。
トオルの婚約者もまた、まさに女子アナ風の清楚で女性らしい、THEモテ服の女だったからだ。