
~子どもたちが幸せに暮らせる国になるように、自分の何が生かせるかを考え抜く~
2020年のニューリーダーに告ぐ
慶應義塾大学大学院を修了し、日本銀行に就職。その後、巨大シンクタンクに移り、今ではそのトップを務めるエコノミスト、翁 百合氏。
金融システム、社会保障、税制といった専門分野での知見を生かして政府の有識者会議にも参画し、さまざまな提言を行う。経歴を見れば、完全無欠のエリートだが、幼少期は教師に心配されるほどおとなしかったという。
現代を生きる若者が、そして女性たちが、これからの時代をどのように生き抜くべきか。私生活では一児の母であり、子育てをしたからこそ見えてくるものがあると語る翁氏の半生から、そのヒントを探る。
金丸:本日は日本総合研究所の理事長である翁さんをお招きしました。お忙しいところ、ありがとうございます。
翁:こちらこそお招きいただき光栄です。
金丸:今日の対談場所である『GINZA JОTAKI』は、もとは佐賀県のお店で、そこでミシュランの一つ星を獲得しています。シェフの上瀧さんは頻繁に中国に通い、四川料理、広東料理の真髄を学んだそうです。中国の技法と日本の国粋を融合させた料理をお楽しみいただけたらと思います。
翁:期待が高まりますね。すごく楽しみです。
金丸:日本総合研究所はシステム開発やコンサルティング、そしてシンクタンクと幅広い業務を行い、従業員も2,000名を超える大企業です。翁さんはそのシンクタンク部門のトップである理事長に今年就任されたばかりですが、本業以外にも、未来投資会議構造改革徹底推進会合の「健康・医療・介護」会合会長や、金融審議会委員など、さまざまな会議で政府委員として積極的に発言していらっしゃいます。そのエネルギッシュさを間近で見ていて、いつかじっくりお話を聞きたいと思っていました。
翁:エネルギッシュさでは、金丸さんにはかないません(笑)。
金丸:今日は翁さんの子どもの頃からのお話を伺い、これから社会で活躍したいという若者や女性に勇気を与えることができたらと考えています。よろしくお願いします。
「もっと積極的に」と言われ続けた幼少期
金丸:早速ですが、お生まれはどちらですか?
翁:生まれたのは東京ですが、サラリーマンの父の仕事の都合で、松山、須磨と引っ越し、幼稚園の年長のときに戻ってきました。それからはずっと東京です。
金丸:小学校は地元の学校ですか?
翁:小学校から高校まで田園調布雙葉学園に通いました。家から近かったので。
金丸:ということは、大変なお受験を経て入られた?
翁:いえ、その頃はまだ「お受験」もそこまで厳しいものではありませんでした。塾にも行っていませんし。
金丸:ごきょうだいは?
翁:一人っ子です。
金丸:子どもの頃は、どんな遊びをされていたのですか?
翁:一人で遊ぶことが多かったですね。学校から帰ってきたら絵を描くようなおとなしい子でした。
金丸:そんなおとなしかった子が、今では政府委員として政治家や官僚と、時にはバトルも繰り広げる(笑)。人生わかりませんね。
翁:まったくです。成績表には必ず「もっと積極的に」と書かれていたのに。
金丸:そうなんですか。実は私も、小学校の低学年まではおとなしかったんですよ。
翁:本当ですか?
金丸:本当です(笑)。私の場合は小学4年生のときに、ある先生との出会いで大きく変わったのですが、翁さんは何がきっかけだったのですか?
翁:大学で大きく変わりました。田園調布雙葉には途中で転入してくる子はほとんどいなくて、同学年130人の、静かで穏やかで居心地のよい世界が変わることはありませんでしたから。
金丸:大学はどちらに?
翁:慶應義塾大学です。
金丸:では女子校から共学になって、一気に友達も増えて。
翁:広い世界が見たくて入学したんですが、最初はビクビクしていました(笑)。私が入った経済学部は、1クラスに女子が4人しかいなくて。
金丸:それまで女の子しかいなかったのに。激変ですね(笑)。
翁:本当に。それに当時はまだ教室でタバコが吸えたので、煙でモクモクしていて。
金丸:良くも悪くも、田園調布雙葉では見ることのなかった世界が広がっていたのですね。