
外銀女子:「お嬢様には負けない」生まれも育ちも関係ない“外銀”で下克上を狙う、27歳女の野望
直子が仕事に打ち込む理由
「佐藤さん、今ちょっと良い?」
水で溶かして飲むタイプの栄養ドリンク(直子はそれを“完全栄養食”と呼んでいる)をシェイクし流し込んでいると、聞き慣れた声が直子の動きを止めた。
一瞬、息が乱れむせかける。
「…ごほっ。はい、何でしょう?」
―相変わらずこの女は意図的なのか天然なのか、タイミングが悪いったらない。
脳内で軽く罵りながら、精いっぱい冷静な声で答える。振り返る先には、同期の持田あゆみがにっこりと微笑んでいた。
ほっそりと白く長い手足が、Theoryのノースリーブワンピースからすらりと伸びる。
小さな顔にバランスよく配置された大きなアーモンドアイが涼しげで、女である直子から見てもあゆみは品のある美貌を備えていた。
「今ね、PファンドのDavidが近くにいるらしくて。一緒にランチでもどう?」
―なんで、今…
たった今、流し込んだばかりの“完全栄養食”が直子の昼食だった。
これ一つで一日に必要な栄養素の全てが摂取できるという謳い文句の代物だが、実際直子はこの“完全栄養食”で平日ほぼすべての食事を済ませる。
朝昼晩3食をデスクで取る直子にとって、どうせデスクで冷めた弁当をつつくだけなら栄養ドリンクの方がよほど効率的だ、というのが彼女の主張である。
つまり直子はすでに昼食を終えたわけだが、クライアントとのランチを断る選択肢はない。
「…行く」
「そう、良かった、じゃあ12時に『フレンチキッチン』で♪」
直子の心情を察しているのかいないのか、あゆみはいつも通りの明るい声で軽やかに去っていった。
―あなたはお気楽で良いわよねぇ…
直子は、なぜこのあゆみが5年以上もこの会社で働き続けていられるのか理解に苦しんでいる。
恵まれた女・あゆみ
あゆみは、直子の勤める外資系証券会社のパートナーを父親に持つ。
コネ入社と噂されながらも、緩く働いているうちに5年が過ぎた、というところだろうか。
あゆみの生まれは麻布永坂町で、彼女は現在もそこに残された実家で一人暮らしをしているという。
父親の転勤に伴ってシンガポール、ニューヨークで中学・高校時代を過ごし、大学はロンドンに留学。当然の如く日英バイリンガル。その上にスレンダーな美女ときた。
“生まれつき勝ち組”
直子は、こみ上げる黒い感情を苦々しく噛み締める。
あゆみはきっと一生働かなくても構わないし、何の努力をしなくても、その生まれ持った容姿で美しく生きていけるのだろう。
そんな女に、自分と同じ土俵に立たれたくない、というのが直子の本音だ。
直子にとって外銀は、今までの努力の集大成となるべき場所。
ここでは生まれも育ちも容姿も関係なく、実力と結果だけが評価される…はずなのだ。
それなのになぜあゆみのような女が、ここに。自分と同じ場所にいる?
たまたま裕福な家庭に生まれただけの、たまたま容姿に恵まれただけの女が。
この記事へのコメント
もう二度と戻りたくない世界ですね。