都会に染まるのは、怖くないはずだった
リッチでハンサムな彼氏、自由でお気楽な学生生活。そして、同じような身分の美しい女友だち。
私の学生時代は、一言で言えば“天国”そのものだった。
毎晩のように港区で開催される華やかなパーティーに、芸能人やスポーツ選手がゴロゴロ参加する食事会。
経営者やエリートと呼ばれる人種の男たちは予約の取れない贅沢なレストランにこぞって連れて行ってくれたし、オモチャみたいにカラフルなスポーツカーや、やたらと派手なクルーザーに乗せてくれもした。
別に、そんな生活を自ら求めたのではない。
ただ、それなりに恵まれた容姿と若い肉体、そして自由な時間に加え、都内でトップクラスの大学名を持ってすれば、どこへ行ってもチヤホヤVIPな待遇が待っていたのだ。
若く美しい女が金や力のある男の相手をするのは世の常であり、ある意味、義務であるようにも思えた。
「女子大生なんて“ボーナス期間”みたいなものなんだから、思いっきり遊ぼうよ」
しかし私たちは、これが一時的な竜宮城のようなものであることは重々承知で、気づけば老人と化していた浦島太郎にはなるまいと心に固く誓っていた。
だからこそ、どっぷり俗っぽい都会に染まるのも怖くはなかった。“港区女子”なんて呼ばれても、若気の至りとしていくらでも処理できる。
この時間は、深いことは考えずに楽しんだ者勝ちなのだ。
だが、どうしてだろう。
そうして何かと競うようにハイブランドのバッグやアクセサリーを身につけ、次々とレアな人脈を広げていく中で、自分の中の何かがすり減っていく感覚は無視できなかった。
今まで自分を口説いていた男が、いつの間にか私の親友と姿を消していたとき。名前も覚えていない男から1万円札を受け取り、一人深夜のタクシーの窓に映るギラついた自分と目が合ったとき。
そして、仕事に多忙な貴志との連絡が、突然プッツリと数日途絶えるとき。
人より何倍も充実した生活を駆け抜ける一方で、私は無意味な自己嫌悪に陥り、根拠のない寂しさに襲われることがよくあった。
◆
「...なんだよ、こんな夜中に」
無愛想だが親しみのこもった声が、コール音1回で応答する。
「廉、いま何してるの?」
「...家だよ。毎晩遊び狂ってる里奈とは違うんだよ。それより、お前ESはちゃんと書いたのかよ?」
ふと心が不安定になる夜は、同級生の廉に電話をかけるのが私の癖だ。
「...まだ」
「...お前さ、就活ナメてない?本当にそれで商社に受かる気?明日の3限のあと、手伝ってやるから。ちゃんと学校来いよ」
本当は就職先なんて、それなりのブランド力のある企業ならばどこでも良かった。
エントリーシートの志望動機や自己PRなんて、適当に資料を集めて“それっぽく”後付けすればいい。
実際、食事会で出会うハイスペ男たちに、所属する会社への志望動機を試しに聞いてみたことがある。
―そりゃあ...リナちゃんみたいな可愛い子にモテまくりたいからだよ!
彼らはそんなことを言って、鼻の下を伸ばすばかりだった。
だから、私が単純に「廉と同じ会社に入っておこう」と思うのも、立派な志望動機だと胸を張ってもいいはずだ。
廉には、口が裂けてもそんなことは言わないけれど。
この記事へのコメント
代々木上原とか表参道、フォックスアンブレラみたいな雰囲気。
気がつかなかった笑