2018.05.20
愛しのドS妻 Vol.1咄嗟の言い訳
事業が軌道に乗ったタイミングで引っ越した、青山1丁目のタワーマンション40階。
遠くに赤坂のタワマンがあるだけで、同じ目線には一切遮るものがない。
華を直視できない貴裕は、夜景を眺めるふりをして、自身の軽率な行動を痛切に悔いた。しかし、バレてしまってはもう遅い。
「この奈美子って女に、今すぐ電話してください」
冷たい華の声には震え上がるほどの圧があり、敬語だし依頼形だが命令にしか聞こえない。
「いや待って。華は誤解してるよ。それに電話なんて無理だ…今、何時だと思って…」
「は?相手は不倫するような非常識なバカ女なのよ?なんで被害者であるこっちが常識わきまえなきゃいけないわけ」
怒りMAXの華は、貴裕の言葉など聞いちゃいない。
それに否定や反論は、もはや火に油を注ぐだけだ。
「早く。あなたができないなら番号を教えなさい。私はこの奈美子って女に、慰謝料請求する権利があるの」
「ねえ、早く。教えなさいよ!」
普段はにこやかな笑みを絶やさないのに、こうと決めたら頑として譲らない彼女の芯の強さは、出会った頃から変わらない。
さらに華は貴裕と結婚し、妻として夫の独立を支援、そして事業が軌道に乗るよう尽力してきた経験を経て、その腹の据わり方はますますパワーアップしていた。
敵対心に満ちた、華の瞳。
貴裕は、彼女を説き伏せるなどもはや無理だと悟る。
しかしどうにかして、この場を切り抜けなければ…。
「…奈美子は、もうこの世にいないんだ」
それは、咄嗟に口から出た言葉だった。
自分でも無理があると思いつつ、言ってしまったからにはもう引き返すことなどできない。
貴裕は慌てて神妙な面持ちを取り繕い、ひたすら静かにやり過ごす。
「…あなたって、本当にバカね」
しばしの沈黙の後、華は呆れた表情で大きく息を吐いた。
「だけど今の言葉で、その奈美子って女が私の敵じゃないことはよーくわかった。
言っておくけど、万が一にも奈美子がこの世に存在していることがわかったら...その時は、タダじゃおかないから」
華は含みをもたせてそう言うと、別々に寝るつもりなのだろう、寝室を出て別室へと消えていってしまった。
▶NEXT:5月27日 日曜更新予定
キレたドS妻の反撃、開始。ふたりの関係は、このまま破滅へと向かうのか?
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