変わってしまった妻
貴裕と華が結婚したのは、今から5年前だ。
貴裕30歳、華24歳の時である。
当時ふたりは同じ大手広告代理店に勤めており、噂になるほどの美人でありながら愛らしい笑顔を見せる華に、貴裕は一目で恋に落ちた。
入社当時、彼女には学生時代から続いているという彼(キー局のテレビマン)がいたが貴裕は諦めきれず、約半年にわたって何度も何度も直球で口説きまくった経緯がある。
ようやく鎌倉デートにこぎつけ海辺でそっと唇を重ねたときには、達成感で思わず震えたほどだ。
抱き寄せた華奢な肩も、ほんのり頬を染めて俯く仕草も。何もかもが初々しく愛おしい。
絶対に、華を他の男に渡したくない。そう思った貴裕は、早々に結婚を決意。
同期たちはまだまだ派手に遊んでいたが、華を妻にできるなら自由など喜んで差し出そう。
そう思えるほど、貴裕は彼女に惚れ込んでプロポーズしたのだ。
そしてこの結婚は、貴裕を男としても成長させた。
貴裕にはもともと独立志向があり、事あるごとに華にもその思いを伝えていた。
ただ結婚してすぐに、というのは彼女も不安があるだろうと時期を見ていたのだが、華の方から独立を後押ししてくれたのだ。
結婚2年目、32歳のとき、貴裕は代理店から独立。イベントプロデュース会社 “THクリエイティブ”を設立した。
しかし前職のツテがあるとは言っても、それだけで軌道に乗るほど事業は甘くない。
起業してしばらくは、代理店勤務を続ける華から仕事を回してもらったり、社交的で上質な人脈をもつ彼女から数多くのクライアントを紹介してもらったりして、とにかく無我夢中で働いた。
そうして文字通り二人三脚で頑張ってきたおかげで、2年目からはデザイナーや事務員を数名雇えるまでに成長。
華から「代理店を辞めたい」と申し出があったのは、この頃である。
代理店営業の過酷さは、貴裕もよく知っている。
悲鳴をあげる彼女に無理をさせるのは忍びない。
覚悟を決めた貴裕は、むしろこれまで自分を支えてくれた華に感謝を示し「これからは俺が責任を持って華を養うから」と、約束したのだった。
しかし振り返ればこのころから、華は少しずつ変わっていった。
あれは今から約半年前、某化粧品メーカーの新商品発表会を終えた翌日のことだ。
プレスの反応もよくメーカー側からの評価も上々で、広報部長から直々に「次も引き続き任せたい」とまで言われ、貴裕は上機嫌だった。
しばらくずっと帰宅が遅い日が続いていたから、久しぶりに華の大好きな『富麗華』でディナーでもしようと思いつき、妻の携帯を呼び出す。
オフィスの窓から見下ろす表参道は今日も楽しげな人々で溢れていて、貴裕の心までウキウキとさせる。
きっと喜ぶに違いない。
そう信じていたのに、しかし予想に反して妻の反応は塩対応だった。
「え?私、今夜は友達と約束してるから無理」
…先約があったことは、仕方ない。
しかしその身も蓋もない言い方に、カチンときたのだ。
この記事へのコメント
誰だってキレて当たり前の内容だってばww
私だって浮気の証拠見付けたら夜中だろうとキレるわ‼
妻以外からもらった封筒を保管しておく
なんて。。
考えられないです!!!