2018.05.01
隣のスーパーウーマン Vol.1
「紹介する。今日から経理部に来てくれることになった、経澤理佐さんだ。経澤さんは経理のスペシャリストで、我々の現状を聞いて是非力になりたいと言ってくれた。」
朝礼で経理課長より、理佐の紹介があった。
椅子から立ち上がった理佐は、身長170cm近くはあると思われる。モデルのような風貌である。
経理部の薄暗いオフィスには、彼女の存在だけが明らかに浮いている。
それでも春菜はホッとしていた。
ーさっきは驚いたけど、人は見た目によらないのね…。経理経験者なら安心だわ…。
その後、オリエンテーションのために人事部にどこかへ連れて行かれる理佐の背中を見つめながら、春菜は胸を撫でおろした。
しかし喜んでいたのは、春菜だけだったようだ。
「チョット!あれ何よ!」
「やっていける気がしないんだけど!」
理佐がいなくなると途端に、経理部内で女性陣による大会議が始まった。春菜が心の中で”おつぼねーず”と呼んでいるグループだ。
幸いにも部長も課長も離席中である。彼女たちは、この部署には似つかわしくない理佐の雰囲気がとにかく気に入らないようだ。
「あんな女が経理のスペシャリストって…怪しくない?」
「部長の愛人とかなんじゃないの?」
「仕事にやる気あるのかしら?“私、残業はしませんから”とか言い出しそう」
-また経理部は荒れるのかしら…。
春菜はそっとため息をつく。
そのとき、おつぼねーずの一人がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「1か月、いや1週間持つかどうか、賭けてみる?」
「私、この間の派遣スタッフの時は賭けに負けたのよね~」
そう盛り上がっているのは、何名かの派遣社員をいびり倒して追い出した超本人たちである。
春菜は背筋が凍りつくのを感じた。
今日は、月末分の支払データを銀行に登録する日だが、他の業務や他部署からの依頼に追われ、全然手が回っていない。
そんな日に限って、おつぼねーず全員「絶対に外せないお食事会なの!」と声高らかに定時で帰ってしまった。
ーこんな締め日によく予定を入れられるわよね…。
「もうどうすればいいの…」
思わずそう呟いたそのとき、背後から突然声が聞こえた。
「お困りのようですね。何かお手伝いしましょうか?」
春菜は慌てて振り返る。そこには理佐の姿があった。
「…入社オリエンテーション、今終わったんですね。お疲れ様です。」
この会社のオリエンテーションは中途入社でもしっかり丸1日かけて行う。初日からぐったり疲れるのは知っているので、入社初日の理佐に手伝ってもらうのは気が引けた。
「それで…何か困っているの?」
見た目は派手だし、美しい顔立ちは冷たくも見えるが、声色はとても柔らかい。そんな理佐の柔らかな問いかけに、春菜は思わず今の現状をポロポロと口に出してしまっていた。
「なんだか愚痴っぽくなってすみません…」
「現状は把握しました。とりあえず、今はやらないといけないことを片付けましょう。銀行用の振込データはどこの会社でも一緒だと思うし私が作るわ。」
そうやってテキパキ仕事を分担し、各々作業に取り掛かる。
春菜もようやく穏やかな気持ちになり、溜まった業務に集中することができた。
隣を見ると、理佐は驚くほどのスピードで請求書を次々めくりテンキーを叩き続けている。
その指先には、ハートモチーフのついた指サックがついており、クールな見た目からは想像しにくいお茶目さに、春菜はつい笑顔になってしまう。
理佐はあっという間に銀行データを作り上げ、2重チェックまで終えると、颯爽と帰っていった。
-私の半分くらいの時間、いやそれより早いかもしれない…。
春菜は、一人残ったオフィスで、理佐の尋常ではない処理スピードにただただ圧倒されていた。
◆
帰り道の電車の中。春菜は何気なくスマホでネットニュースを眺めていた。
ふと、ある企業の不正会計のニュースが目に飛び込んでくる。それはメーカーが売り上げの架空計上を行っていたことが発覚したという内容だった。
―不正会計かぁ…。許せないわ…。
いくら自分の会社で起きたことではないといっても、経理で働いている春菜には他人事とは思えず、不快感が募る。
その瞬間、電車がガタンッと大きく揺れ、その衝撃で春菜は倒れそうになった。なんとか体制を整え、再びスマホのニュースを見つめたが、変な胸騒ぎがした。
このときはまだ、春菜の嫌な予感が的中することになるなんて思ってもいなかった。
▶NEXT:5月8日火曜更新予定
春菜の予感は現実になる?そして理佐は敵なのか味方なのか。
※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。
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