完璧な王子様の、突拍子もない提案
孝太郎とは、同期に誘われた食事会で出会った。
グランド ハイアット東京の『チャイナルーム』の席で、上品なスーツ姿の彼を一目見たときから、美波は珍しく少し心が弾んでいた。
さらに孝太郎は、そのスマートな外見や立ち振る舞いだけでなく、意外にもお笑い芸人のような会話能力に長けており、その物珍しさに興味を引かれたのだ。
「美波ちゃんって、目が覚めるような美人さんだよね。いや、こんな綺麗な人が空の上で働いてるなんて聞いた日には、空には本当に天使がいるんだって、俺信じちゃうよ……!」
少しおどけたような、演技がかった大袈裟な誉め言葉は、孝太郎のトレードマークだ。
「俺みたいな冴えないITヤローが、美波ちゃんみたいな美人さんと一緒に食事ができるなんてさ、もう奇跡に等しいよ。俺、死ぬ瞬間は、絶対にこの夜を思い出すんだろうな」
頭の回転が早く、女の子にはかなり人気があるには違いないのに、彼は少々自虐的で大袈裟な物言いで、女心をくすぐるのがとても上手だった。
何か発言するたびに美波はケラケラと笑いが止まらず、すっかり心を開いてしまう。
その食事会には、他にも商社マンなどの大手企業の堅実そうな好条件の男性ばかり揃っていたが、美波の興味は孝太郎一人に絞られた。
そうして何度かデートを重ねるうちに、二人はまもなくトントン拍子に彼氏彼女に発展したのだ。
美波は、自分をとても幸運な女だと思った。
CA仲間たちは、“婚活は受験や就活なんかよりずっと難しい”と顔をしかめていたのに、自分はいとも簡単に孝太郎のような恋人を手に入れ、交際半年で、アッサリとプロポーズまでされてしまったのだから。
◆
「婚約指輪は美波の好きなのを何でも選んでくれて構わないけどさ、どっちにしろ、所詮ダイヤの輝きなんて君には敵わないよ」
ウェディング雑誌を夢中で眺める美波の前に、孝太郎は香りのいいハーブティーを差し出しながら言った。
「孝太郎くん...。ねぇ、結婚式もハネムーンも、本当に私の好きにしていいの?」
「当たり前だろ、美波は僕の“プリンセス”なんだから」
プロポーズされてからというもの、週末は必ず彼の麻布十番のマンションにお泊りしている。
リビングの窓からは大きな東京タワーを眺めることができるし、孝太郎はインテリアのセンスもよく、清潔感のある部屋はとても居心地がいい。
結婚後の新居は、この部屋に住み続けるので十分だ。
最近流行りの“港区男子”などと言うとミーハーで、少々遊び人のようにも聞こえるが、彼はまさに完璧な港区男子、いや、港区の王子様だった。
これまで漠然と思い描いていた、「生まれ育った環境と同等か、それ以上の暮らし」を文句なしに実現できる。
「あ、でもさ。一つだけ」
「なぁに?」
美波は甘い新婚生活を頭に浮かべながら、孝太郎に笑顔を向ける。
「結婚後は、“浅草”に住もう」
しかし、この突拍子のない彼の提案によって、美波の理想は歪み始めるのだった。
▶NEXT:2月21日 水曜日更新予定
最愛の港区の王子様は、なぜに“浅草”に城を構えようとする...?!
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この記事へのコメント
いろいろ口出しされるが、
旦那は逆らえないパターンかな。
一話でわかる、ミナミには無理だ、やめとけ!