―自分は、特別だと思っていた―
女たちは、なんだってできると思っていた20代前半が終わり、20代後半になると理想と現実のギャップを知り始める。
その時、女は2通りに分かれる。
もがく女と、そうでない女だ。
大手広告代理店で営業をしている文乃(28歳)は、一体どちらのタイプなのか……?
自分は特別だと思っていた。
東京を見下ろす高層ビルで、いわゆる「業界人」の一員として働く私の未来は、可能性に溢れていた。
欲しいバッグや靴には、ちょっと無理をしてでも自分への投資と言いきかせてクレジットカードを差し出す。
すでにメイクも落とした23時、「近くで飲んでるから、今からおいでよ」って友達や同期に呼び出されたら、人脈づくりだと信じていそいそとタクシーに飛び乗った。
社会人になって6年の間、仕事もプライベートもそうして無我夢中で過ごしてきた。
28歳、恵比寿在住、大手広告代理店勤務。
特別だと思っていた私は、ぜんぜん特別なんかじゃなかった。
恵比寿駅の西口で、ポイっと石を投げれば、私のような女にすぐに当たる。
本当は、クリエイティブ職に憧れて入社した、今の会社。
なんでこの子が?っていう同期がクリエイティブ職に配属された時は、入社早々やる気をなくした。
配属された営業部で目の前の仕事を必死にこなして、自分は本当は営業向きなのかもしれない、なんて言い聞かせようとする度に苦しさを感じるようになっていた。
同期の中には、まるで営業をするために生まれてきたような人がいて、そういう人は息を吸うように24時間営業先を考える。
頑張ってる自分が好きな私と、営業の仕事そのものが好きな彼女たちとでは、最初は少しの差しかなくても、その差は広がる一方だった。
私がどんなに頑張っても、彼女たちには敵わない。彼女たちの根底にあるのは、今、「やりたいこと」をやってるという高揚感。義務感だけで頑張ってる私が、敵うはずなんてないんだ。
そんな毎日の中で私は、心の中に芽生えた感情を見過ごせなくなってきた。
あの頃思ってた“なりたい自分”って、こんなんだったっけ?って…。
寒い冬の朝にスタバでソイラテを買って会社に向かってる時とか、残業終わりでお腹を空かせながら乗る夜の山手線の中とか、「毎日大変」って言いながらも楽しそうに仕事している同期に会った時なんかに、つい考えてしまう。
あの頃思い描いていた自分に、私はなれているのかな?って。
自分でもわかってる。そんなことを考えている時点で、“なりたい自分”にはなれていなんだっていうことを。
だから私は正直、焦っていた。
―あの子より私の方が、絶対上手くやれるのにー
クリエイティブ職に配属された同期を見て、数え切れないくらいそう思ってきた。
そんな想いが日に日に強くなっていた時だった。入社当初から同じ営業部に配属されていた由里子から、ある言葉を聞いたのは。