東京には数多くの美女がいるが、その中でもこんなタイプの女が存在する。
それは、美人なのに“誘われない女”だ。
外資系アパレルブランドのPRを務める夏希は、目鼻立ちのはっきりした美人で、仕事もでき、社内では憧れられる存在。
同じ会社には付き合って1年になる彼氏・孝之もおり、恋も仕事も順風満帆だった。
しかし同期のさとみが異動してきたことで、絶対的な夏希の自信が、少しずつ崩れ始める。
一緒に行った食事会ではさとみだけがデートに誘われ、また職場でもさとみだけが上司に飲みに誘われる。
そんなある日、彼氏の孝之が、さとみと一緒にいるところを目撃してしまう。落ち込んだ夏希は、食事会で知り合った光一に連絡して食事するが…?
―今、何してるの?
残業終わり、ちょうど家に着いたときにメッセージは届いた。孝之からだった。
夏希は少し考えた末、既読にはせずバスルームへ直行した。今日は寝たことにして明日の朝返せばいいだろう、と考えたのである。
昨夜は、白金台にある『ロマンティコ』で、光一との2回目のデートだった。10席しかないカウンターイタリアンは光一のお気に入りの店らしく、シェフおまかせのコースとイタリアワインをたっぷり楽しんだ。
光一は、孝之とのすれ違いでできた心の隙にすっと入りこんできた男だ。
初めて2人で食事をしたあの日。夏希はすっぴんのように自分を露わにするメイクをしていたせいか、緊張することなく自然体でいられた。
2回目のデートも、とても楽しかった。光一は美味しい店をたくさん知っていて、夏希と同じくワイン好きだ。
光一のほうが3歳年上というのも関係しているのかもしれないが、店もワインも彼が選ぶものには間違いがなく、一緒にいて安心感がある。
光一がワインを選んでいる間、仕事の話を熱心にしている間。夏希は自分でも驚くくらい、彼に柔らかな眼差しを向けている。
自分に好意を寄せている男の横でこうした時間を過ごすというのは、とても甘やかな気分になる。他人に身を委ねることが苦手な夏希にとっては、大きな発見だった。
これまでさとみのことを“媚びている”と思っていたが、もしかしたら違ったのかもしれない。いつでも自分らしく楽しそうにしているから、さとみには皆、気を許すのだろう。
それに気づくと、夏希はある後悔を感じ始めていた。
―いくらイライラしていたからって、さとみにあんなにきつく当たるんじゃなかった…。
1週間ほど前、さとみが大御所スタイリストの樋口恭子と仲良く話している姿を見て悔しくなり、「失礼のないようにね」と、ついきつい口調で言ってしまったのだ。
そう気に病んでいた矢先、ちょっとした事件が起こった。