毒にも薬にもならない関係
浩紀の部屋は基本的にぐちゃぐちゃに散らかっていたが、ベッドと水回りだけは綺麗だった。
いや、他の散らかったスペースにしても、なぜだか清潔感は保たれている変な部屋で、結局のところ、下手に気取ったお洒落な部屋よりも居心地がいい。
小綺麗な外見と、それなりのスペック。豪華エントランスのある、高級マンション。
でもその中身は、言っては何だが少々二流感が否めないのに、要所要所で最低限のレベルはクリアしているから、何となく受け入れてしまう。
これは、彼の本業であるマーケティング戦略に騙されているのだろうか。
「浩紀くんてスノッブな感じがするし、もっと潔癖っぽいお部屋に住んでるかと思ってた」
「スノッブって、どういう意味?」
「うーん...上品とか、教養があるって意味かな」
外資企業勤めのくせに、彼は英語が苦手らしい。本当はもっと嫌味な意味合いの言葉であるが、説明すると角が立ちそうなので適当に誤魔化した。
「へぇ、さすが出版社の女性は、面白い言葉を使うね」
密室に二人きりであるにも関わらず、毒にも薬にもならない気の抜けた会話を繰り広げてしまう男女は、結局“それまで”の関係だろう。
よって、妙な居心地の良さはさておき、長居は無用である。
「じゃあ...私、そろそろ帰るね」
部屋を見て満足した私が立ち去ろうとすると、浩紀は一瞬の間の後、合い言葉のように答えた。
「もう帰るの?寂しいな」
哀しげな表情で腕を掴んだが、それ以上は何もしてこない。スノッブなだけあり、女への最低限のマナーはキチンとわきまえている。
身支度を整え部屋を去ろうとすると、彼は瞬時にラフな部屋着に着替え、ご丁寧にも、豪華なエントランスの外でタクシーを捕まえてくれた。
◆
第一線の遊び人でも、強欲でもない。でも都会育ちで、女慣れしていないわけでもなく、特筆すべきコンプレックスも見当たらない。
お坊ちゃん育ちで、良く言えば等身大でマイペース。だが少し意地悪な言い方をしてしまえば、持って生まれた環境に不満はないため、自分のポテンシャル以上の振る舞いや冒険はしない男。
そして、外への魅せ方はとても上手で、他人にマイナスのイメージを持たせない。
―でも全体的には......あの部屋は“それほど”だったな。
高飛車な麻布エリアと、老舗高級住宅街の白金台の間にある高輪の散らかった部屋は、そんな彼の本性をそのまま表しているようで、私はタクシーの中で、またしてもニヤニヤと笑いを噛み殺した。
悪趣味だと言われようとも、こうして色んな男の部屋を、斜め目線で観察ばかりしている。
死ぬほど愛した男との結婚が失敗に終わってしまった私は、この悪習を盾に、本気の恋に一歩踏みこむのセーブしているのかもしれない。
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この記事へのコメント
ぜんぜんイメージ湧かないし。