「うち、くる?」
男の口からその言葉が零れた瞬間、女心は様々な感情で渦巻く。
高揚感、好奇心、そして、警戒心。
大手出版社で編集を務める由貴・29歳。
デート相手は星の数ほど、しかし少々ひねくれたワケありの彼女は、彼らの個性やライフスタイルが如実に表れる部屋を分析しながら、“男”という生き物を学んでいく。
昨年大好評を博した、「東京いい街・やれる部屋」 の新シリーズ。
「いやぁ、リーダシップに重要なのは、ある意味人望とかじゃなくて...」
白金の隠れ家風イタリアン『ロマンティコ』の薄暗いカウンター席で、浩紀は得意顔で喋り続けている。
何かのビジネス書の受け売りと思われるトーク内容はほとんど頭に入ってこないが、お喋りな彼の横顔は、嫌いじゃない。
大手外資メーカーのマーケターとして最近昇進したばかりの浩紀は、もともと熱い男なのだが、さらに仕事に燃えているようだ。
彼の話をBGMにモチモチのパスタに舌鼓を打つのは、なかなかシュールで楽しかった。
彼とデートするようになってから、数ヵ月たつ。
最初はペラペラと自分の話ばかりする彼に良い印象を持たなかったが、育ちが良く、嫌味のない自信家である浩紀は、見方によっては可愛くも思える。それに、レストラン偏差値も高めだ。
つるんとした艶のいい肌に、皺のないスーツ、そして、綺麗に磨かれた靴。
「良質な皮っていうのは、きちんと手入れしないと皺になっちゃうんだよ。ほら、女性の肌と似たところがあって...」
何となく彼の靴を褒めると、今度は30分以上靴のウンチク話になってしまった。だがそれも、面白いと思えば面白い。
―31歳、外資マーケター。革靴を女の肌に例える独身男―
そんなキャッチコピーを思いつき、ついニヤニヤと顔がほころんでしまうと、浩紀は熱っぽい視線を私に向けていた。
「...由貴ちゃんだけだよ。俺なんかの話、そんな楽しそうに聞いてくれるの」
そして、そっと腰に腕を回されたとき、今夜は彼の部屋を訪ねてもいい気分になっていた。
私はたぶん、物好きな女なのだ。
この記事へのコメント
ぜんぜんイメージ湧かないし。