高級タワーマンションの、意外な部屋
浩紀は、高輪にあるタワーマンションに住んでいた。
大手不動産が手掛ける、高級分譲マンションシリーズである。
生まれも都心部で裕福な家庭で育った彼は根っからの港区ラバーで、知り合った頃からこのタワーマンションに一人暮らしであることを仄かに自慢していた。
リーマンショック直後に、不動産に精通した父親の勧めで2LDKの90㎡近くの部屋をお得に購入したというのだ。(頭金は親が負担したというのも、何の負い目もなさそうに胸を張って話していた)
最寄り駅は白金高輪駅、もしくは白金台で、徒歩5分強。麻布十番や品川方面にも自転車で行けるそうだから、たしかに便利である。
明治学院大学のちょうど向かいで、周辺の雰囲気もオシャレでのどかだ。
「美味しい店も、何だかんだこの辺に集まってるじゃん?やっぱり俺、港区からは離れられないな」
どうしてだろうか。
普段はこういった自画自賛系の男は苦手なのに、浩紀だけは、なぜだか微笑ましく思える。男女には、よく分からない相性がある。
彼の自慢のマンションのエントランスは、想像以上に素敵だった。
3フロア分くらい吹き抜けになった高い天井に、センスの良い生花と、ホテルライクな家具や調度品。エントランスの豪華さに関しては、数ある都心のタワーマンションの中でもトップレベルではないだろうか。
「すごく素敵なエントランスだね」
「由貴ちゃん、分かってるね。俺もそれが決め手だったんだ」
自尊心をくすぐられ、少々ダラしなくなったその顔も、やっぱり嫌いじゃない。
私は甘い感情がくすぐったく胸の内に広がるのを楽しみながら、浩紀にピタリと寄り添いエレベーターに乗り込んだ。
しかし、その部屋に一歩足を踏み入れたとたん、思わず唖然としてしまった。
一言でいえば、部屋の中はとてつもなく散らかっていたのだ。
「ごめん、ちょっと汚いけど」
「...ちょっと、どころじゃなくない?」
リビングの床には、大量の洗濯物が散らばっていて、ダイニングテーブルの上には郵便物や書類が文字通り山積みになっていた。
コーヒーテーブルにはハーゲンダッツの空の箱が置きっぱなしだし、「座ってて」と言われたソファも、脱ぎ捨てられたワイシャツやスーツで占領されている。
「何か飲む?」
部屋のあまりの乱雑さに驚きを隠せない私を、彼は特に気にする様子もなく、床に散らばった衣類を拾いながら言った。
「うん...じゃあ...、お水」
ふつう、男の部屋に初めてお邪魔するときは、あともう一歩酔いたくなるのに、そんなテンションではなくなってしまった。
しかし浩紀はそんな私にお構いなく、意外にも立派なグラスに注がれた水をぐちゃぐちゃのコーヒーテーブルに置いてテレビをつけると、今度はお笑い番組の批評を始めた。
―勿体ない...。
これではせっかくの高級タワマンも、豪華なエントランスも台無しだ。全然セクシーじゃない。
だが、やっぱり不思議なことに、なぜだか嫌な気は全くしないのだった。
この記事へのコメント
ぜんぜんイメージ湧かないし。