頑張り続けてきただけに、負けられない
その日の夜。
楓は西麻布のフレンチ、『コントワール ミサゴ』のカウンターでシャンパンのグラスを傾けていた。
荒れに荒れたプロジェクトがようやく終息し、久しぶりに大学時代の同級生・美里と食事でも行こうとなったのだ。
美里はこの4月から、港区の総合病院で研修医生活をスタートしたばかりだ。
楓と同じくらい多忙な美里には、病院からも徒歩数分のこのレストランはうってつけだろう。
「待たせちゃってごめんー!」
待ち合わせの時間から10分ほど遅れ、美里が駆け込んできた。
「先に飲んでたから全然平気、お疲れ様」
久しぶりの再会にはしゃぎながら、アラカルトからメニューを選ぶ。
楓の方もプロジェクト続きだったが、美里の方も配属された科が忙しすぎて中々予定が合わず、二人で会うのは4か月ぶりだ。
「で、どう、研修医生活は慣れた?」
「もう、ほんっとうに、大変。メンタルも体力もしんどいよーーー」
「だろうねえ。当直に週末出勤、聞いてはいるけど女子には結構体力的にしんどいよね」
男女平等がいくら叫ばれたって、病院も外銀も男が中心で、男の体力とガッツをベースに回っている。
自ら選んだはずの仕事でも、3日連続徹夜に近かった後など、荒れ果てた肌や血走った眼に化粧室の鏡で気づいたときに、本当にこれが自分のやりたかったことなんだろうか、と自問してしまうことは多々あった。
「女子力ある人は女子力で生きてけるんだから、良いよねえ。。。」
今朝先輩に言われたことが蘇る。
確かに、本当に自分に「女子力」があったら、もっと違う人生だったのかもしれない。
デザートのプリンをつつきながら、思わずこぼした。
楓には、苦手とするものがいくつかある。
接待ゴルフ、美的センスを求められるもの全般、当たり障りのない世間話、等々。
が、中でもとりわけ苦手なのは、いわゆる、「にゃんにゃんOL」や「港区女子」だった。
彼女達の「愛されるのが仕事です♡」とでも言わんばかりの生き方を見るにつけ、なぜかいつも苦々しい気持ちになってしまう。
幸せは、努力の先にあるもの。自分の人生の責任は、自分にある。
幼いころからそのような価値観を叩き込まれ、努力し続けてきた楓には、彼女たちの生き方はとても楽そうに見えた。
当然のように人に高いバッグを買ってもらったり、贅沢な食事を奢ってもらったり、彼女たちは不思議なほど軽やかに人生を歩んでいた。
頑張ってきた自分の方が、彼女達より幸せになるはずなんだ。
人に頼らなくたって、港区のど真ん中に住めるし、シャネルのマトラッセやルブタンも買えるし、話題のレストランだって自腹で余裕しゃくしゃくだ。
私は「彼女たち」とは違う。
ーでも本当に、この生き方が自分の幸せなのだろうか……?
その時、背後でドアのベルが開く音がした。
「すみません、ドリンクだけでもいいですか?」
ベルの音につられるように、なんとなく楓が振り返ると、そこに立っていたのは2年前に別れた元彼・敦だった。
そして彼の隣には、小柄でふんわりとした優しそうな雰囲気の女性が、ぴったりと寄り添っていた。
楓が一番毛嫌いしている女の、象徴のような女を連れて。
▶NEXT:10月11日 水曜更新予定
2年ぶりに再会した元彼。彼から見た楓はどんな女性だったのか・・・?
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