「女子力」=「本気を出していない証拠」
世間の持つイメージ通り、外銀でのキャリアは楽ではない。
海外チームとのカンファレンスコールが入れば深夜2時だろうが朝4時だろうが起きて対応する。
入社2~3年目の若手社員でも、20万近い家賃を払って西麻布や広尾、麻布十番に住む者が多いのは、何も別に贅沢や華やかさのためだけではない。
何かあった時に5分でデスクに戻れるように、オフィス至近に住む必要があるからだ。
楓はこの春入社3年目に突入したばかりだが、同期の半分近くは既にこの会社を去っていた。
実は楓は、入社当初は今よりずっと「女子らしく」働いていた。
仕事がいくら忙しくても、きちんとバッチリメイクをして、ロングの髪もきちんと毎朝ブローしていた。
が、ある時言われた一言で気づいてしまったのだ。
女子らしくしている方が、損だと。
◆
入社して半年も経たない頃、楓は背中まであったロングヘアをばっさりベリーショートに切った。
あまりにも仕事が忙しい時期で、髪を乾かす時間が惜しく、シャワーを浴びた後自然乾燥でも問題ないくらいのショートにしてしまおうと思い立ったのだった。
せっかく綺麗に伸ばしてきた髪をばっさり切ってしまうのは寂しかったが、いざ切ってしまえば、あまりの手間のかからなさに、何故もっと早くこうしなかったのかと思う程楽だった。
おかげで毎晩15分長く寝られたし、彼女のくっきりと大きな目にはショートヘアが思いのほか似合っていて、楓は上機嫌だった。
明くる朝、ベリーショートで初めて会社に出勤すると、上司に呼び止められた。
その時発せられた一言が、楓には忘れられない。
「お、高野、ようやく本気になってきたな」
ー…本気?何に?
その瞬間固まってから、ようやく彼の言わんとするところを理解した。
ーそうか、彼は私が今まで仕事に本気じゃないと思っていたのか。
仕事ならそれまでだって全力で取り組んできた。
前の晩がいかに遅くとも、毎朝7時前にはデスクについていたし、忙しい時には栄養ドリンクだけで3食過ごしてでも、やるべき仕事を片付けるようにしてきた。
それでも上司には、私のロングヘアは「本気じゃない」サインとして受け止められていたらしい。
常に全力以上の出力を求められる外銀では、「ゆとりのある働き方」に対する評価は厳しい。
余裕があるならばもっと会社に貢献できるはず、もっと成果を出せるはず、という無言の圧力がのしかかっていることに、楓はその時ようやく気づいた。
以来、楓は会社に一切余計な「女子らしさ」を持ち込まなくなった。
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