まるで正反対の、妻の見解
スマホの目覚まし音が、英里の耳に重たく響く。
―もう6時...起きなきゃ...。
昨晩眠りについたのは、深夜1時過ぎだった。低血圧の英里は、基本的に早起きが苦手だ。それに、できれば6時間くらいの睡眠時間は確保したい。
―...今日は、寝ちゃおうかな...。
9時の出社時間までに会社に到着するだけであれば、あと1時間半は眠れる。
しかし、睡魔の誘惑に揺れる英里を、拷問のようなスヌーズ音が襲う。眠りと現実の間で戦いながら薄目を開けると、ベッドの夫のスペースはすでに空になっていた。
英里は溜め息をつき、目覚ましを止める。
―いや...もう起きて、朝ごはんくらい作らないと...。
夫の吾郎の朝は、異常なほど早い。
平日休日にかかわらず、だいたいは朝5時、遅くとも6時には起床する。そして読書をして、マンションに併設されたジムへ行き、ひと泳ぎしてから英里の作った朝食をとり、仕事へ行く。
結婚前から、吾郎がやたらとストイックな生活を送っているのは分かっていた。
だがそれにしても、“エリート”という人種は、もともとの身体の作りからして凡人とは違うのではないかと思うほど、彼の一日のタイムテーブルは尋常でないほどストイックだ。
吾郎は大手弁護士事務所の企業弁護士として多忙を極めているが、疲れた顔など、ほとんど見たことがない。
もともとショートスリーパー体質なのか、彼は基本的に3、4時間程度の睡眠しか必要とせず、集中力や行動力にしても、英里の2倍...いや、ひょっとすると5倍以上高いかもしれない。
朝の数時間だけで、吾郎は英里のおよそ半日分以上のタスクを済ませているのだ。
結婚して、はやくも半年。
夫は、独身の頃と何一つ変わらない生活スタイルを貫いている。
朝は一人早起きして時間を有効活用し、夜は仕事や会食、友人との食事も、好きに予定を入れていた。
入籍後、二人は新居を探すことをせず、英里は吾郎がもともと住んでいた部屋に引っ越した。
六本木一丁目の約70平米1LDKのタワーマンションは、夫婦二人きりの生活にもちろん支障はない。むしろ、コンシェルジュとジム付きの贅沢な物件である。
ただ、トイレと洗面台が一緒という海外風の作りには未だに慣れず、クローゼットが小さいため、英里は多くの持ち物を引っ越し時に処分した。
そして、二人は結婚式もせず、ハネムーンにも行かず、ただ半同棲が同棲になり、戸籍上の苗字が変わったのだった。
結婚指輪を嫌う吾郎は、傍から見れば既婚とも気づかれないだろう。
―別に、文句なんかない。変なこと考えたらダメよ...。結婚したくなかった吾郎くんが、私と結婚してくれたんだから...。
英里はしばしば、そう自分に言い聞かせることがある。
凡人の倍速で生活する吾郎を見ていると、何となく引け目を感じ、自分が妻ではなく、まるで居候にでもなったような気持ちになるからだ。
だからせめて、家事を一生懸命にこなすくらいしか、自分の存在意義はないのだ。
そして何より、自分たちが夫婦として不完全に感じてしまうことから、英里は必死で目を逸らしていた。
この記事へのコメント
と言いたいが、吾郎と英里の話は面白かっただけに、この続編がどうなるかなあ
面白くなって欲しいけど
続編といえば、崖っぷち結婚相談所の杏子のその後も気になります。