また、私だけ置いてけぼり?
「わぁ、可愛い~!!」
休日の昼下がり。
英里は友人の咲子と、萌の自宅にお邪魔することになった。
咲子は玄関に入るなり、萌の腕に抱かれた赤ん坊の可愛らしい姿に歓声をあげる。萌は、つい先日母親になったばかりだ。
よって、最近三人はもっぱら萌が暮らす広尾のヴィンテージマンションに集合している。
「散らかっててごめんね。旦那は出かけてるから、ゆっくりして」
部屋着に薄化粧で小さな娘を抱く萌は、すっかりママの表情をしている。といっても、すっきりとした美人顔はそのままで、母性が加わったぶん、女性としてさらに魅力を増した。
萌が言うほど部屋は散らかってはいなかったが、そこはおもちゃやベビー用品で溢れていた。加えて、家中のあちこちに飾られた多くの家族写真を、英里はついついじっと眺めてしまう。
結納、結婚式、ハネムーン、マタニティフォト、そして、新生児を囲む夫婦の写真。
吾郎の無機質なタワーマンションの部屋とは180度異なり、萌の家は、温かい生活感と家族愛が滲み出ていた。
―普通の夫婦は、こうやって思い出と記念写真が増えていくんだわ...。
比べてはいけないと思いつつも、英里にはどうしても、胸が軋むような苦い感情が湧いてしまう。
「英里は結局、結婚式はしないの?」
そんな英里の心境など露知らず、親友二人は笑顔で問う。
「うーん...吾郎くん、やっぱり結婚式には否定的だから......」
「そんなの、一生に一度のことなんだから、少しくらい我儘聞いてもらった方がいいわよ!吾郎先生だって、もう英里の旦那さんなんだから。いつまでも遠慮してちゃダメよ」
咲子の意見に、萌がうんうんと強く頷いている。
独身時代、英里は結婚願望のない吾郎と結婚するため、さんざん試行錯誤を繰り返した。咲子と萌はその間ずっと、愚痴や相談に根気強く親身に付き合ってくれていた。
二人の支えや協力なしには、結婚はできなかったと言っても過言ではない。
そんな彼女たちに、またしても新婚生活に悩みを抱えているなんて、どうして言えるだろうか。
あれだけ周囲を振り回して結婚に踏み切ったのだから、英里と吾郎はハッピーエンドでなければならないのだ。
「ところでね...」
手土産に持参した千疋屋のフルーツゼリーを片手に、咲子がニコニコ微笑んだ。
「私...妊娠したの。三ヶ月だって、つい先週判明したの」
ーうそ?!うそ?!きゃー、おめでとう!!...
萌が歓喜の声を挙げるのが、少し遠くに聞こえた。
―また、私だけ置いてけぼり...?
結婚は、ゴールではない。
英里はこの瞬間、頭では分かっていたはずの事実を、嫌というほど痛感した。
▶NEXT:11月18日 土曜日更新予定
吾郎と英里の“ズレ”が、徐々に明るみになっていく...?
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この記事へのコメント
と言いたいが、吾郎と英里の話は面白かっただけに、この続編がどうなるかなあ
面白くなって欲しいけど
続編といえば、崖っぷち結婚相談所の杏子のその後も気になります。