金曜美女劇場 Vol.55

上野や浅草が超好き!エキゾチックな美女が下町の居酒屋でバイトしている理由

「私、フィリピンにはいとこが20人います!」
井上セイラ


「下町の居酒屋さんでアルバイトをしていました」と聞いてびっくり! こんなにエキゾチックな美女が下町の居酒屋で働いているなんて、ちょっと想像できない。

「いえいえ、下町育ちですから。とにかくお金を貯めたかったんですよ。ようやく貯金ができたので、この夏から留学します」


こう語る井上セイラさんの瞳には強い力が宿り、全身から前向きなオーラを放出している。けれども、こんなにポジティブになったのはここ数年。それまでは、「目的もなく、ただプラプラ遊んでいるだけのコでした」と振り返る。

では、セイラさんが変わるきっかけは何だったのか。まずは思い出せるいちばん古い記憶に遡ってもらおう。


「パパが日本人、ママがフィリピン人のハーフで、フィリピンで生まれました。3歳で日本に移り住んで、フィリピンのことは何も覚えていません。ただ、子どもの頃から夏休みにはマニラにあるママの実家に遊びに行っていたので、タガログ語はわかります。ママは11人兄弟で、私はいとこが20人もいるんです(笑)。だからマニラの家はとっても賑やかで楽しいんです」

お父さんの仕事の関係で長野でも暮らしたが、小学校に入学してからはずっと台東区の下町に暮らす。

「地元の公立小学校に通いました。同級生とはいまでも仲良しで、よく一緒に遊びます。小学校の頃はおませで、2学年上の先輩とかを好きになっていましたね(笑)」


そのまま地元の公立中学校に入学、中学3年の時にモデルにスカウトされる。

「当時は地元の友だちと下町で集まって、どっかに出かける感じでした。たまたま渋谷で遊んでいた時に、モデルにスカウトされたんです。最初はギャル雑誌のスナップ写真とかで、何千円かもらっていたのかな」

けれども、その時はモデルの仕事にはまったく興味が湧かなかったという。


目的もなく、“なんちゃって制服”を着て遊んでいたあの頃


普通の女子は、モデルにスカウトされたら嬉しいと感じるのではないだろうか?

「う〜ん、だけど将来性があるとも思えないし、あまり興味なかったですね。カメラ目線とか、キモ!って感じで(笑)。でも、ママがやれやれってうるさくて、中学生の時には何度も大ゲンカをしました」


それでも、モデルの仕事はなんとか続けた。

「普段は門限が厳しいのに、モデルの仕事とかレッスンだと言うと遅くなっても許してもらえたんですよ。だから親の機嫌をとるために渋々やっていた感じですね」

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