「おばさんになってて、びっくりしたでしょ?」
驚きを隠せない私に向かい、美緒はあっけらかんと笑う。
自らを躊躇なく“おばさん”と呼ぶ美緒に戸惑いつつも、そのとき、私の中で長らくしこりとなっていた塊がすーっと消え去っていくのがわかった。
私と美緒は、もう住む世界が違う。そんな風に思ったのだ。
聞けば彼女は女子大を卒業したあと、大手日系航空会社のCAになったという。25歳まで勤めた後、7歳年上の商社マンと結婚し寿退社。彼のベトナム駐在に帯同するためあっさりと仕事をやめ、専業主婦となったらしい。
…実に美緒らしい選択だ、と私は思う。
彼女は昔から他力本願なところがあったし、自分で何かを成し遂げようというタイプの女ではなかった。
「5年前に本帰国して、今は自由が丘のマンションで暮らしてるの。帰国してすぐに息子ができて…それからはもう、自分の時間なんて皆無ね。髪振り乱して育児してるわ。それでこの通り“おばさん”になっちゃったってわけ」
どこか諦めた口調で語る美緒の自虐を、私はただ黙って聞いた。どういう反応をすれば良いかわからなかったのだ。
なぜなら、東京にはママになっても美しく、輝いている女性だってたくさんいる。
美緒はしきりに「仕方ない」と繰り返すが、私は彼女の言い訳に同意する気になれなかった。
それに美緒の夫は大手総合商社勤務。7歳年上で現在40歳なら、1,500万程度の収入があるはず。
確かに物価の高い東京で、妻子を養い子どもに十分な教育を与えることを考えると、世帯年収1,500万でも余裕があるとは言えないかもしれない。
しかしだからって、こんなにも一気に所帯染みてしまうものだろうか…?
「…私、ちょっとお酒とってくる」
なんとなく居心地が悪くなった私は、さりげなくそう言って美緒のそばを離れた。
初恋の男
「工藤さん…?いやぁ、びっくりした。見違えたなぁ」
バーカウンターへと移動する私にそう声をかけてきたのは、宮本輝之だった。
そう、高校時代に美緒が抜け駆けをして、確執の原因となった男だ。私が初めて好きになった人。
彼も参加していることに、私も最初から気づいてはいた。しかしまさか宮本くんから声をかけてくれるとは。
もともとジャニーズ系の整った顔立ちをしていたが、年を重ねたことで甘さが色気となり、精悍な体つきとのギャップが女心をグッと掴む。
「こんな美人と俺、久しぶりに会ったよ」
高校時代、美緒にあっさり落ちた宮本くんには幻滅したが、いい男に成長した彼から褒められ悪い気はしない。
先ほど噂で耳にした話では、彼は地元の国立大学を卒業後、東京で就職。今は大手製薬会社のMRをしているとか。
「そんな…宮本くんこそ。相変わらず、モテるでしょ?」
さっと左手薬指に目を走らせる。そこに指輪がないことを確認して、なぜかホッとした…その時だ。
鋭い視線を感じる。私は慌てて元いた場所を振り返り…そして、ハッと息を飲んだ。
先ほどのソファ席から、美緒がこちらをじっと見つめていたのだ。
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自らを“おばさん”と呼ぶ沢田美緒。彼女から見た、千明の“痛々しさ”とは
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この記事へのコメント
千明は今の美緒をバカにしてたけど、家庭を持って家族を支えることに幸せ感じる美緒にしてみたら穏やかな幸せを30過ぎても知らない千明のほうが哀れに見えるかもしれないです。
生活してる場所や環境で価値観はどんどん変わって...続きを見るいきますからね。
女同士は立場や環境が変わると自然と疎遠になるからね。。。今後どうなってくのか楽しみです!