そんな思いが強かったせいか、祐実の人生は順風満帆そのものだ。
上智大学を卒業後、日系の化粧品会社で4年働いたのち、今の外資系化粧品会社に転職。大学時代から付き合っていた純とは27歳で結婚し、豊洲にマンションを買った。
豊洲に住んでいると、“幸せな光景”がいたるところにあって、それは祐実をひどく安心させた。
広い道路にそびえ立つ新築のタワーマンション、ベビーカーを押す幸せそうな夫婦たち。綺麗に整備された、一寸の無駄もない効率的な街並。
豊洲のタワーマンションなんて言うとママ友たちのいざこざばかりがクローズアップされがちだけれど、子どものいない祐実たちにはそんな不便もない。
マンションを買ったときは、人生のスタンプラリーの一つに大きなスタンプを押せた気分になった。
豊洲に住む若夫婦の、幸せの象徴とは?
豊洲に住んでいると嫌でも意識する、“次のスタンプ”を手に入れたいと言い出したのは、純の方からだった。
「そろそろ子供が欲しいね」
祐実もそれが自然だろうと疑っていなかったので、純のその言葉をきっかけに、子作りすることになった。
最初は「自然に任せておこう」と思っていたが、子作りを開始してから気づけば1年ほどが過ぎていた。
子作りには、純の方が積極的だった。祐実には「子どもは授かりもの」という気持ちが強くあり、病院に行くのは抵抗があった。転職して3年目になり、ちょうど仕事も面白くなってきていたのも、積極的になりきれない原因の一つだった。
しかし祐実の気乗りしない様子を落ち込んでいると捉えたのか、純は「子授祈願に行こう」と言い出したのだ。
場所は、水天宮だった。
数年前に一度、友人の加奈子の安産祈願に水天宮に立ち寄ったことがある。
久しぶりの水天宮は昨年の4月に建て替えが完了したらしく、その真新しい社殿はまだ街に馴染んでいないように見えた。
純は鳥居に入る時からきちんと礼をして境内に入り、鈴の緒を鳴らして深々と頭を下げてお参りしていた。
普段はお調子者の純が、滅多に見せない神妙な様子が面白かった。祐実が可笑しそうに見つめていると、「祐実もちゃんとお願いしなきゃだめだよ」と真顔で言われた。それに応じて祐実も深々と頭を下げ、帰りがけには子宝いぬをしっかり撫でた。
それでも純ほどには、しっかりお願いできていなかったように思えた。
この記事へのコメント
楽しいぞー