SPECIAL TALK Vol.23

~自分の人生を歩もうと決意したとき、ベンチャーしかないという覚悟が生まれた~

ビジネスに目覚め、父の呪縛を断ち切り渡米

金丸:では就職活動も最初から理系ではなく、文系の企業を目指していたのでしょうか?

徳重:教授に断りを入れて院には進まず、文系企業を中心に就職活動しました。それと、ベンチャー精神のある会社、たとえば当時のソニーとかホンダとかですね。

金丸:お父様が希望していた、山口の大手企業はまったく目指さなかったのですか?

徳重:そうですね。だから父には事前に伝えたほうがいいと思って、覚悟して「ホンダかソニーに行きたい」と話しました。そうしたら父が私を見て、こう言ったんです。「どうしても行きたいなら、親子の縁を切っていけ」と。

金丸:それはすごい……。普通は、頑張れと応援してもらえる企業ですよ。お父様も徹底していますね。徳重 私は長男ですから、地元にいてほしいという気持ちがあったんだと思います。父にそこまで言われると、私も縁を切るまではできないなあと思い直しまして。折衷案で山口に支店のある通信系企業を受けることにしたんです。しかし、いざ面接に臨んでみると、「ああ、この会社は自分には合わないかも」と感じて辞退しました。でもこの時期だと、ほとんどの企業の募集が終わっていて、残っているのは金融系のみ。就職浪人はできないと思い、かたっぱしから会社に直接電話をかけていきました。

金丸:無謀な感じもしますが、うまくいったのですか?

徳重:もうヤケクソだったので、「会って損はさせません。とにかく一度会ってください」とグイグイ押しました。結果、いくつかの企業に面接の機会をいただき、面接でも正直に「普通のサラリーマンにはなりたくない」と話しました。そしたら、その姿勢を買ってくださって、中でも一番評価してくれたのが、就職を決めた住友海上火災保険株式会社(現・三井住友海上火災保険株式会社)でした。

金丸:入社後はどこに配属されたのですか?

徳重:経営企画部です。

金丸:花形部署じゃないですか。

徳重:確かに周りの期待は感じていましたね。実際に仕事も速かったんですよ。みんなから「ターミネーター」って言われるくらい(笑)。とにかく仕事をしまくって、徹夜も数えきれないほど経験しました。そうして5年ほど経ったとき、会社の経営層に失望を感じる出来事があって、緊張の糸がプツッと切れてしまったんです。それで会社を辞めようと。

金丸:潔ぎよいですね。その際にも、お父様は納得されたんですか?

徳重:いやいや、辞めることは言いませんでしたよ。相談しようものなら、即、人事部に電話して「引き留めろ!」と言うに決まってますから。

金丸:そこまでですか(笑)。

徳重:父ならやりかねません。ただ育ててもらった恩があるので、辞めたあとに報告したんですが、そのときの光景は今でも忘れません。父は自分の意に反することをしたとき、機関銃のようにバーッと言葉を浴びせてくるんです。でもそのときは違いました。2分間ぐらいずっと無言で……。よく見たら震えているんです。怒りも極限までくると、人は震えるんだなと思いました。しかも、その横で母が「なんてことをしてくれたの!」と号泣していて。

金丸:まさに修羅場ですね。それでも退社を決意されたのだから覚悟は相当ですね。なぜでしょうか?

徳重:それまでの私の人生は、私自身というより、親が敷いたレールの上を歩いてきたようなものでした。自分の意思があったとしても、親を裏切れなくて「しょうがないか」と妥協していました。ですが、浪人時代から抱いてきた、経営者になりたいという夢だけはどうしても諦めきれなかったんです。

シリコンバレーで働くために崖っぷちの日々を戦い抜く

金丸:退職後はアメリカに行かれますが、辞める前からそう決めていたのですか?

徳重:いや、なんにも決めてなかったです。ただ、父親に反抗して自分の人生がリセットされたように感じていたので、自分の人生をやり直すのなら、自分の会社を作って世界で勝負したいと思いました。私にとってシリコンバレーは、ベンチャーのメジャーリーグみたいな存在でしたから、とにかくシリコンバレーに行きたい、という気持ちがどんどん強くなっていったんです。

金丸:夢に向かって突き進んでいったわけですね。

徳重:でも周りは反対の嵐でしたよ(笑)。とくに婚約者の両親からは猛反対されました。

金丸:そうでしょうね。結婚前ならなおさらです。

徳重:それに私はエンジニアではないので、いきなりベンチャー企業に行っても相手にしてもらえません。それなら、まずはMBAを取得しようと、シリコンバレーに近いスタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校を受験したのですが、どちらも落ちてしまって。絶対に受かると信じていただけに、すごいショックを受けました。

金丸:でも断念するわけにはいかないですよね。

徳重:そのとおりです。ですので、次に授業でシリコンバレーのベンチャー企業を視察できるというサンダーバード国際経営大学院を受験しました。ここも論文で落とされたんですが、もう引き下がるわけにいかないんで、教授に直訴したんです。「なぜ落とされたのか」と。すると「君は保険会社出身だ。保険会社とITベンチャーでは全然違うじゃないか」と言われたので、「MBAが欲しい人はみんな、キャリアチェンジをしに来てるんじゃないんですか!」と食ってかかったら、なんとか補欠で入れてもらえました。

金丸:徳重社長の粘り強さが道を切り拓いたわけですね。

徳重:振り返ると、会社を辞めてからは常に崖っぷちでしたね。サンダーバードでは操業間もないeBayやYahoo!といった企業をこの目で見て回ったのですが、いつも頭の片隅で、シリコンバレーで仕事にありつくにはどうしたらいいかということばかり考えていました。

金丸:MBA取得後は、どうされたのですか?

徳重:そのままシリコンバレーに残り、インキュベーション(起業家の育成や新しいビジネスを支援する事業)に4年ほど携わりました。技術系ベンチャーの支援をしていたのですが、それまで大企業しか知らなかったので、ベンチャーの魅力や日本とアメリカのベンチャーの違いなど多くのことを学びましたね。

金丸:シリコンバレーで働き、ベンチャー企業とは何たるかを学んだ。それが今に繋がっているのですね。

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