2016.06.21
SPECIAL TALK Vol.21フロンティアに導かれ、宇宙からデジタルの世界へ
金丸:MITメディアラボのことは、どうやって知ったのですか?
石戸:大学の授業でビデオを見たんです。世界最先端の研究は、こんなに進んでいるんだと圧倒されましたね。それまではずっと宇宙にこだわっていたんですけど、ビデオを見終えたとたん、「私が行くのは宇宙じゃなくて、MITメディアラボだったんだわ」って思いました。
金丸:それくらいの衝撃だったのですね。
石戸:今考えると、私は宇宙のフロンティアな部分に、魅力を感じていたんだと思います。でも、それは宇宙じゃなくてもよかった。デジタルの世界は同じ〝フロンティア〞でも、宇宙のようにすでにある世界を探索していくんじゃなくて、新しく世界をつくることができる。そこにすごく魅かれました。
金丸:石戸さんの大学時代は、まさにITバブルの頃だと思うんですが、当時のことをどう見ていましたか?
石戸:実は、あまり興味ありませんでした。ITでいくら稼いだとかじゃなくて、ITでいったいどんな社会がつくれるんだろう、ということばかり考えていたので。
金丸:わかる気がします。私も「時価総額1兆円企業になります!」なんて言っている人たちを、ちょっと冷めた目で見ていましたから。ところで、MITメディアラボには、いつ行かれたのですか?
石戸:大学を卒業してすぐです。はじめは、当時東大の助教授だった藤末健三先生(現・民進党参議院議員)に、研修で連れて行ってもらいました。また、お金を工面するのが大変だったので、「視察」という名目で行ける道を探っていたとき、「大学発ベンチャーが生まれる仕組みをアメリカで調べる」という調査があり、すぐに手を挙げました。
金丸:シリコンバレーでは、どのようなことを?
石戸:向こうで経営コンサルタントをされている「ミューズ・アソシエイツ」の梅田望夫さんたちと知り合い、シリコンバレー界隈の日本人ネットワークを立ち上げるお手伝いをしました。シリコンバレーで起業した日本人20人くらいにインタビューして、記事にまとめ、WEBに掲載するという仕事でした。どの方も自宅などに招いてくださって、「これが、アメリカンドリームです!」という羨ましいかぎりのお話をしてくれたのですが、正直なところ、私自身はそういうことにまったく興味が湧かなくて……。ただ、とても共感した方もいました。エンジニアの方だったんですけど、「自分が作ったものがみんなの手に届き、それを使った人たちが『幸せだな』と思ってくれる瞬間を目指して、私はこの製品を作っています」と熱く語ってくださいました。
金丸:素敵な方ですね。
石戸:そうなんです。目がキラキラと輝いていて、私もこの人のような思いを持って、人生を歩みたいなって。
金丸:もともとシリコンバレーの起業家たちは、そういう人が多かったんですよ。でも途中からファイナンスが入ってきて、尊敬とは程遠い起業家たちが現れてきたんですよね。メディアラボには、どれくらい在籍されていたのですか?
石戸:約2年ですが、大学卒業から半年後には、CANVASを立ち上げたので、実質はあまりいませんでした。
金丸:どうして、CANVASを立ち上げようと思ったのですか?
石戸:MITメディアラボには、「ITで最も恩恵を受けるのは、発展途上国とそこにいる子どもたちである」という思想があります。またテクノロジーによって、150年間ずっと変わらなかった教育を変えていくんだ、という明確なビジョンがありました。私自身、中学はポケベル、高校はPHS、大学はiモードと、テクノロジーの発展とともに成長し、人と人とのコミュニケーションやライフスタイルが変わっていくのをリアルに体験した世代です。メディアラボで学んで強く感じたのは、そういう新しいものをつくっていくことは、デジタルがもたらす変化を体感してきたデジタルネイティブ世代の役割だということ。自分で何かをつくることも考えたのですが、もっと大きな視点で〝モノづくりをする環境〞をつくることに、人生を捧げたいと思いました。
パブリックマインドとは社会全体を成長させるための活動
金丸:メディアラボの精神に触れたことが、石戸さんの背中を押したのですね。ただ、普通は株式会社をつくりそうなものですが、どうしてNPOだったのでしょう? 社会全体の役に立つことがしたいという〝パブリックマインド〞が、はじめからあったのですか?
石戸:たしかに、拝金主義的なことにはまったく共感できなかったし、自分もあまり物欲がないほうだったので、パブリックマインドに近いものを持ち合わせていたんだと思います。それに、「すべての子どもたちに学びの環境を整えたい」という思いで立ち上げたので、自然と公益活動を選択したんじゃないかと。もちろんトップ層を引き上げる「エリート教育」も重要ですが、やはり私がやりたいのは、〝裾野を広げてボトムアップを図る〞方なので、これからも公益性を大事にした活動をしていきたいと思っています。
金丸:最近、若い人たちの間にパブリックマインドを持つ人が増えているような気がします。ただ、パブリックマインドには、良い面と悪い面がありますよね。たとえば今の若者は物欲がなくて、車もいらない、海外旅行にも行かないというような。
石戸:そうですね。社会が成長しなくなってから生まれた世代なので、そうなるのかもしれません。でもパブリックマインドって、たとえば松下幸之助さんは、偉大な社会起業家ですよね。松下電器が世に送り出した製品のおかげで、たくさんの主婦が家事から解放され、多くの女性が社会進出を果たしました。
金丸:その功績は計り知れません。
石戸:ですから、単純に「ビジネス=拝金主義」「NPO=寄付やボランティア」という枠にはめてほしくないんです。私は、日本や社会全体が成長するために活動することが、パブリックマインドの本質だと思っています。成長しなくても、みんなで仲良くやっていければいいや、という社会を築きたいのではなく、みんなで社会を成長させていくことを目指して活動しているんです。民主党政権のとき、地域住民が主体となって互いに支え合う「新しい公共」というビジョンが掲げられましたが、その後、安倍政権が支持されましたよね。それって、安倍政権が成長戦略を打ち出したことで、国民の大きな信頼を得たんだと思うんです。やっぱりどんな人も「成長」を求めているんです。
金丸:これまで13年間活動をされてきて、教育を取り巻く環境の変化をどのように感じていますか?
石戸:設立当初は、「創造力って何?」「アーティストを育てたいの?」という声が多かったのですが、ここ2年くらいで、ずいぶん反応が変わってきましたね。これからの子どもたちに必要とされるスキルは何だろう、それを身につけるために必要な教育環境はどんなものだろう、という議論が大きく進んだと思います。定期的に海外の教育現場を視察しているんですが、外国は学校の外にある学びの場が、日本より遥かに充実しているんです。家庭も学校も地域もシームレスにつながっていて、どこかひとつに責任を押し付けるようなことはしない。CANVASもはじめは、地域と学校をつなげる活動からスタートしましたが、最近は学校教育そのものに携われるようになってきました。
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