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  • 野心のゆくえ Vol.2

    野心のゆくえ:会社員に限界を感じ、起業を果たした30歳。順調に業績を伸ばすも、1年後は……?




    翼は自宅のソファに座り、頭を抱えていた。部屋の中では何の音もしない。ただの、無音が続いている。

    何分も何十分もそうして過ごしていた時、テーブルに置いているスマホから軽快な着信音が鳴り始める。翼は電話を取る気になれず、誰からの電話かも確かめない。

    1分近く放置していると、音は止んだ。だが、またすぐに鳴り出す。それでも放っていると、一瞬止まって、また鳴り出す。

    ―いい加減にしてくれ―

    そう思ってようやく動きだし、ゆっくりした動作でスマホを取ると、着信は全て砂田からだった。

    ―…先輩……―

    そう思っていると、また砂田からの着信が入る。スマホは翼の右手の上で軽快な音を鳴らし、震えている。

    迷った挙句、「もしもし」と電話にでる。

    「おう、久しぶり。元気か?いや、元気じゃないよな。会社、ダメになったらしいな。あと、彼女の優香ちゃんだっけ、あの子にも逃げられたらしいじゃん?」

    明るく楽しそうに、砂田は傷をぐりぐりえぐってくる。

    31歳を目前にして、翼はすべてを失っていた。

    順調にスタートをきった会社だが、経営はすぐに立ち行かなくなった。システムの設計は完璧だった。だが、ユーザーは一向に増えなかった。翼は、ITの知識は豊富に持っていたが、ユーザーを増やすための仕掛けを作ることができなかった。ユーザーが増えなければ、売り上げは立たない。次第に資金繰りに困り、金策に走り回る日々が始まった。

    金策に走り回っていると、サービスを充実させる時間がなくなり、わずかな客からのクレームが増えた。だがクレームに対応する時間もなく、事態はどんどん悪化して、そしてすべてが止まった。

    経営の知識がなかった翼は、どんなに手を尽くしても会社を立て直すことはできず、今まで支えてくれていた優香も「この数年間散々我慢してきたのに、もう限界。一人で勝手に頑張って」という言葉を残して、翼の前から去った。

    翼はすべてを失い、何もやる気にならず、最近はずっと部屋にこもっているのだ。

    「お前、うちの会社に来ないか?」
    「……砂田さん、今は外資系のコンサルティング会社にいるんですよね?僕には無理ですよ……。」
    「大丈夫だよ、俺が無理だと思えば最初から誘ったりしない。お前ができると思ってるから俺は誘ってるんだ。」

    砂田の言葉に、少しだけ目頭が熱くなる。
    人から必要とされることが、単純に嬉しかった。翼が「でも……」と言おうとすると、その言葉を遮るように砂田は続けた。

    「1回会社を潰してこそ、本当の経営者になれるんだぞ」
    「…え……?」
    「うちでしばらく働いて、また会社を始めろ。次のチャンスを狙え。」

    有無を言わさぬ砂田の言葉に、翼は部屋で一人、大泣きした。これまで抑えていた感情が溢れ、電話の向こうの砂田にも聞こえるくらいの声で泣いた。




    31歳になった翼は、砂田の誘いを受けて働き始めていた。戸惑うことも多いが、砂田の顔に泥を塗らないよう、目の前の仕事に没頭した。そして、呪文のように、頭の中であの言葉を繰り返していた。

    「次のチャンスを狙え」

    砂田に言われたこの言葉を思い出しては、自分を奮い立たせた。

    ―そうだ、このままで終わるわけにはいかない―

    失いかけた野心を取り戻し、翼はさらなる飛躍を目指すのだった。


    次回、33歳の翼はもう一度起業しているのか、それとも会社員のままなのか……?

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