日曜日
On Sunday
PM 8:00
いよいよレースが始まった。ずっと楽しみにしてきたシンガポール・グランプリ。 多くのF1ファンとマシーンの爆音に包まれ華やかな雰囲気が街を賑わす。
さんざん迷った結果、今年はシンガポールで最も高いフロアに位置する人気クラブ・バー『1-Altitude』から観戦することにした。
ビルの最高フロア・63階にある『1-Altitude』からはすべてを見下ろすことができる。
眩しいくらいに輝く街の夜景とライトアップされたコースに思わず息を飲む。
「ここを選んで正解だね! 最高にきれい!」
「ホントだね」と答えたが、じつは頭の中は慎吾のことで一杯だった。 慎吾の直球勝負は、戸惑うとともにあまりにも潔くて半分羨ましくもなった。前の嫁も、慎吾のストレートでまっすぐなアプローチにやられたのか…。そして、真美も…。
「ちょっと修二、なにぼんやりしてるの?」
慌ててレースに意識を戻した瞬間、向こう側からいまもっとも会いたくない男が歩いてきた。
「ようやく見つけましたよ。真美さん、連絡ありがとう」
真美が連絡した? 慎吾に?
なぜ、真美から慎吾に連絡をするのか。頭の中が混乱を極める中、レースは続いていく 。
ナイトレースらしく華やかで艶やかな観客とともに、こんな高層階から見られるのはシンガポール・グランプリならではの醍醐味だ。下を覗くと、光の道をレーシングカーが走り抜ける。それが幻想的な夜景と合わさって本当に綺麗だった。
レースは勢いを増し、まわりの観客たちは下を眺めながら興奮している。
「僕、レーサーに友達がいて。このあとレーサー陣が集まる『Amber Lounge』でアフターパーティーがあるので一緒に行きましょう。案内しますよ」
「本当ですか? 嬉しい! 修二、行こうよ」
一台のレーシングカーがクラッシュしたのが見えた。それと同時に、後方から次々と抜かして突き進む一台のレーシングカーも見えた。隙を狙ってアグレッシブに攻める、その強気の走りにまわりの観客からは大歓声が沸き起こった。
まさにその一台は慎吾と重なる。そして追い抜かされた方が…。修二は守りの走りでこれまでなにも勝負しなかった自分を責めはじめた。
勝負のアクセルっていつ踏むべきなのか…。
意地とプライド、そして技術がぶつかり合うレースを、修二はいままでにない感情で観戦していた。
「がんばれー!」
真美はシャンパンを片手にレースに夢中だ。
「真美、こんな高層階から声援を送ってもレーサーには聞こえないよ」
「気持ちは言葉にしないと伝わらないの!きっと届いてるはずだよ」
確かに、気持ちは言葉にしないと伝わらない。
「そのとおりですね。僕は真美さんのこと好きですよ」
レース終盤のデッドヒートに、また歓声が上がる。その歓声に慎吾の告白はかき消され、真美には聞こえなかったようだ。しかし隣にいた修二の耳にはハッキリと聞こえた。
いよいよレースもクライマックスを迎える。観客の興奮も最大限に到達していた。