黙って頷く真美を見て、
「おめでとうございます。修二さん、これで借りは返しましたよ」
とだけ言って慎吾は去っていった。なにか心に引っ掛かる笑顔だった。しかし、いまは真美のことしか考えられなかった。
修二は思わずポロポロと泣き出した真美の手を引き、『Sky Grandè Prix』へ向かう。「涙で綺麗な景色が見えないよ」と言いながらも、眩しいくらいに輝いている会場に一歩踏み入れた瞬間から、とびっきりの笑顔に変わった。
シンガポール・グランプリの熱気はいまだ街を包み込んでいる。45階から見るこの景色はいつも以上に豪華に見えて、すべてが輝いていた。
「ここから見る夜景も、この豪華なパーティーも、私にとって一生忘れない最高の思い出になるんだろうなぁ」
そう言ってまた泣き出した真美は、修二の胸に顔をうずめた。
◆
後日発覚したのだが、じつは半年ほど前に慎吾が日本に一時帰国していた際、 真美は共通の知人を通じで慎吾と偶然会っていたのだ。真美が修二と付き合っていることを知り、
「お世話になった修二さんに、まるで恩を仇で返すようなことをしてしまって…」
と後悔していることを打ち明けていた。
慎吾がなんとか修二の夫婦関係を修復させようと相談に乗っているうちに、修二の前の奥さんが一方的に慎吾を好きになり、困った慎吾は逃げるようにしてシンガポールに来たのだという。
「これまでの誤解を解いて、なにか修二さんにいままでのお礼をしたいんです」
そう真剣に話す慎吾に対して、真美は今回のシンガポール・グランプリで、結婚に煮え切らない修二の背中を押す大役を、慎吾に頼んだのだ。
一か八かの掛けだった。しかし、結果としてふたりの”修二に決心させよう in シンガポール・グランプリ”は大成功を収めた。そして、真実を知った修二は慎吾とすっかり前のような良い関係に戻ったそうだ。
おわり