「こんな時間に連絡がくると思わなかったからびっくりしたよ」
目黒駅から3分ほど歩いたところにある『BAR SEVEN』に彩乃と義実はいた。あまり飾り気のないおしゃれな外観。店内は落ち着いた照明と細長いカウンターで、物静かなマスターが印象的だ。
ウイスキーの品ぞろえがよく、チャームにフルーツが出るので気に入っている。まさかこうして会うと思わなかった彩乃にとっては、今日が勝負の日。目黒からなら武蔵小山まではタクシーでも帰れる距離なので、嫌だと思ったら帰ればいいと考えていた。
いつもは早い時間に会っているから変な感じと義実ははにかむ。お酒が入っているせいか、彩乃の思考回路はショート寸前。いつもより義実に惹かれてしまっている自分がいたのだ。いつも通りくだらない話をし、1時間が経ったころ、義実が核心に迫る一言を発した。
「このあとよかったらうちに来ない?」
いつもなら面倒くさいという理由でこういった誘いは断っていたが、今日は真美との約束もある。噂のバスルームも気になるし……と自分に言い聞かせ、せっかくだから行こうかな、と店をあとにした。
義実の部屋は山手線の線路沿い、花房山にあるデザイナーズマンション。外観はネイビーだけのシンプルなデザインで、入り口の照明もいい感じの暗さだ。「おしゃれマンションに住むってことはこだわりがあるのかな?」と勝手な予想をたてながら部屋に入っていく。
室内は打ちっぱなしコンクリート壁のワンルーム。さぞ家具にもこだわっているんだろうな、と思えば部屋は意外と物が散らかっていた。
「大阪から上京するときにどうせなら”東京”っていうおしゃれな部屋に住みたくてここにしたんだ。でもデザイナーズって使い勝手悪いんだよね(笑)」
8畳ほどのワンフロアにはラックがあり、見た目からは想像できないヒップホップやレゲェのCDが多く並べられていた。チャラいって思われそうだから言わなかったんだけど、実はこういうの好きで。と恥ずかしそうに言う義実に、他人の顔色を気にする人なんだという印象を抱く。デートをしているときの義実の印象は、まじめで少し細かい人なのかと思っていただけに自宅訪問は思わぬ収穫があった。
今回の目的であるバスルームは本当に実在し、おしゃれなデザイナーズマンションとは言え、思ったよりラブホのようなゲスっぽさがある。こういう口説き文句で女の子をどれくらい家に入れているんだろうと疑ってしまう自分がいた。
部屋でくつろいでいるとお酒が入っていることと、自分の領土にいる安心感から義実は少し甘えてくる。年上との付き合いが多かった彩乃にとって、甘えられるのは少し抵抗があり”いいな”と思う気持ちはどんどん冷めてゆく。
「でもこのままこの人と一夜を過ごしたら、最後はどう思うんだろう」
自暴自棄ではなく、純粋な興味からもう少し一緒にいようと思った彩乃。シングルの布団でくっつき合えば、少しは好きという感情が芽生えるのではないかという気持ちもそこにはあった。
しかし、終わって思うことは「義実くんは私の好きな人じゃない」。そんな彩乃に追い打ちをかけるように義実の口から衝撃の言葉が発しられた。
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