エリカは嫌味のない笑顔で、さらりと言った。舞子と里香も、負けじと同調する。
「そうだよー。専業主婦は、なんだかんだ言ってもストレスのあるものよ。いくら旦那が優しくても、自分の稼ぎじゃないから、欲しいものがあっても、正直ちょっと言い出しにくいしね(笑)」
そんなものかしら、と思う。確かに麻美は、1000万円強の自分の年収を好きなように使うことができる。エリカ達が手にした圧倒的な「不労所得」には叶わないかもしれないが、それでも同世代の平均年収と比べると遥かに高く、独身の麻美にとっては十分な収入だ。
「私からすれば、素敵な家庭を持ち、恵まれた生活をしているみんなの方が、女性としては勝ち組な気もするけど…」
これは嘘じゃない。心もカラダもすり減らしながら働いて、自分が必死で得た対価と同じレベル、いや、それ以上の暮らしを、ストレスにさらされることなく十分な睡眠時間を確保しながら堪能できるのは、本当に羨ましいことだと思う。
でもその一方で、やっぱり旦那の顔色を窺いながら、欲しいものも言い出しにくいなんて、自分には耐えられないかもしれない…とも思う。そう。やっぱり私には、働く女が合っているのかもしれない。
麻美がそう心の中で自問していると、エリカが微笑みながら言った。
「大丈夫。麻美みたいに頭のいい人なら、全部手に入れられるよ。地位も、名声も、幸せな家庭も。麻美は私たち女の”希望”なんだから、頑張って!」
エリカの背後から差す午後の光が、後光のように神々しく見え、心の中の迷いが消えた気がした。母になる人の顔だ、そう思った。
そうだ。私は、私らしく生きよう。地に足をつけて。どんなにつらい仕事でも耐え抜いてみせよう。幸せな家庭も決して諦めるまい。エリカに後押しされ、改めてそう心に決めた瞬間だった。
「でも無理しすぎないでね。麻美は昔から頑張りすぎるところがあるからね。何かあったら連絡してよ。」
「そうだよ。難しいことよくわからないけど、話だったらいつでも聞くから!」
みんなの優しい言葉に、思わず泣きそうになる。ごまかそうと慌ててグラスに口をつけると、空だったことに気がついた。
「そうだ! 麻美が前に好きだって言ってたお酒も買ってあるよ」
そう言って、エリカが冷蔵庫から瓶を取り出す。見覚えのあるお酒がずらりと並べられた。 「だって麻美は、弁護士として社会に貢献して、自分の力できちんと収入を得てるんでしょう?素晴らしいよ。それに勝る喜びはないと思うよ」
「氷結プレミアム? どうしてあるの?」
「前にLINEで写真を送ってくれたじゃない(笑)。『これ、美味しいよ』って。」
驚いた。エリカは昔からこうだ。何気ない一言を覚えてくれていて、絶妙なタイミングでそのネタを披露する。こういう気遣いにいつも心をくすぐられていた。
「麻美がそんなの送ってくるの珍しいから、なんか記憶に残ってて(笑)」
煩わしいとしか感じていなかったグループトーク。自分のメッセージなんて、軽く流されるものだと思っていた。それを覚えていてくれたことが素直に嬉しかった。
「ありがとう。これ、最近お気に入りなんだ。私にとって、『小さな幸せの象徴』、みたいな存在。」
そう言いかけて、ふと、雄介のことを思い出した。雄介とは、あの夜以来会っていない。仕事が忙しかったこともあるけれど、あの告白の一件があってから、なんとなく疎遠になってしまっていたのだ。
雄介の想いに今すぐ応えることは、自分にはできない。でも、疎遠になったまま、連絡が途絶えてフェードアウトしてしまうのは悲しすぎる。それほど自分にとって雄介が大切な存在になっていることは、もはや疑いようがなかった。
(そうだ、久しぶりに雄介を誘ってみよう。今度は私から。)
麻美は小さな決意を胸に秘めると、手にしていた氷結プレミアムをごくりと飲んだ。
【第三話完】
●次回予告(最終回)(4月26日公開予定)
セレブ主婦達との女子会で、自分の生きる方向性に確信を得た麻美。相変わらず、上司は冷たく、仕事は地味だが、少しずつ仕事に対するやり甲斐と手ごたえを感じはじめていた。そんな最中、純也から突然の呼び出しが。どうもいつもとテンションが違う。別れ話? 雄介との逢瀬がバレたのか? おののく麻美に、真剣な眼差しで彼が告げる言葉とは……?。