2016.03.14
シンガポール・ラブストーリー Vol.319時に指定の店『ブントンキー』に着くと、誠さんは、私(というより私が乗ったタクシー)を見つけるのが早くて、タクシーを降りるとすぐ目の前で出迎えてくれた。
「赴任したばかりのころ、鶏のスープで炊いたここのライスに衝撃をうけて、それこそ週一で通ってたんだよ。ひとり飯にもちょうどいいし」
誠さんの会話には、女性の影がいっさいない。モテるって顔に書いてあるような人なのに。
「誠さんて、やっぱりシンガポールに来てからお付き合いした人とかいるんですよね?」
私、この人だと核心をつきやすい。
「そうだね、ひとりだけ」
やっぱり。自分でジェラシーの種をまいて、自分の気持ちを刺激しているようになってきた。
「こっちに住んでいる人だったんですか?」
深掘りするほど気になるのに聞いてしまう。
「そう、一年前まで」
「日本に帰っちゃったんですね」
「ううん、アメリカに。シンガポールとアメリカってすごく遠くて、20時間以上かかるんだよね」
アメリカ……。そりゃ国名だけど、なんだかざっくりしている。勝手に元カノが日本人だと思いこんでいたけど、外国人??もし日本人だったとしても、それはそれでデキる女を勝手に想像しちゃって、そっちの方が嫌かもしれない。
誠さんは、この件についてはペラペラ余計なことを言わない。喋らない分、食欲が旺盛で、ライスのお代わりをもらって生姜の千切りと甘いタレをかけながら食べている。
「梨花さんは?」
「それが……。恥ずかしい話なんですけど、私いつも片想いで、もうしばらく彼氏がいないんです。よく“女性は追いかけちゃいけない”って聞くけど、ダメですね。少しでも可能性があると追いかけっこを続けちゃうんです」
なんだかこれを言っている時点で、誠さんを拒否しているみたい。
「じゃあ僕と同じだね。うーん、追いかけるのが好きな者同士のときはどうしたらいいんだろう?」
まずい、言い過ぎた。
「あっ、でも私いま転んでるところですし!!」
これはこれで逆方向に言い過ぎたぞ。
「そっか、そうだった(笑)。よし! いまなら追いつけるかもしれない!」
当人同士のことなのに、私たちはそんな風にふたりで笑いあっていた。
その後、私のリクエストで昨日は遅くて店が閉まっていた通り、“アンシャンロード”で飲むことに。テラス席のあるバーが何軒も続いていて、通りにはお喋りや笑い声、ジャズの音なんかが溢れている。チキンライスのお口なおしに私は苺のマルガリータを、誠さんはIPAのビールを頼んでいた。
「次は僕からいろいろヒアリングしてもいいかな?」
「なんでもどうぞ」
「もしも彼氏ができたら、梨花さんは何がしたい?」
うっ。ひとりの生活が長すぎて、ふたりでいることが想像のつかないレベルに達していた。健二さんとは夜遅くから会うことが多かったし……。
「難しい質問。しいていえば、いま週末にひとりでしていることを彼氏と一緒にしてみたいな」
「例えば?」
「う〜ん、ソファでゴロゴロしながらテレビを見るとか。土曜日なら『新チューボーですよ!』とか」
料理好きな私がもう長年見ている番組で、特にリニューアルした最近のスタイルがお気に入り。いつもどの店のレシピが一番好きか、頭の中で決めているのだ。
「久しぶりに聞いた。僕のイメージは雨宮塔子でとまってるけど」
「古い! それって学生の頃なんじゃ。誠さんて私と同じ歳くらいですよね?」
「僕? いま35歳」
落ち着いているけど肌がきれいだから、もっと若くみえる。
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