時刻は17時。今日はずっと広々とした場所にいたい気分なので、テレビでもよく見たことがある巨大な植物園『ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ』にも行こうと決めた。100万㎡もある広大な敷地内を散歩していると、iPhoneのGmailのアイコンに新着メール“1”が浮かんだ。
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小西さま
ご連絡ありがとうございます!
『PS.cafe』に行かれたんですね。
あそこは僕もお気に入りで、緑が気持ちいいところですよね。
そうそう、チリクラブはひとりじゃいけませんよね。
せっかくシンガポールに来たのにそれは緊急事態だ(笑)。
ぜひ一緒に行きましょう!
突然なんですけど、今晩はどうですか?
もしOKだったら20:30に
『パームビーチ・シーフード』を予約します。
LINEのIDと携帯番号もお伝えしておきますね。
XX66XXX
090-xxxx-xxxx
梨花さんのシンガポール滞在が楽しいものになるよう
僕もお手伝いできれば嬉しいです。
佐野 誠
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過不足なく丁寧な文面で好感がもてた。ホーカーで会釈したとき、一瞬だったけれど、その人、佐野 誠の目は優しそうだった。チリクラブが食べられるという嬉しさと、ディナーの相手ができた意外な展開に心が弾んできた。
植物園内の巨大なスーパーツリーのふもとにある芝生に腰をおろし、OKの返事をLINEで出す。寝転び空を見上げると、シンガポールの空が青紫に染まっていくところだった。スーパーツリーは鮮やかにライトアップされ、まるで『アバター』の世界だなと思った。その後、音楽に合わせツリーの光が変化していく幻想的なショーが始まった。映画の世界に紛れ込んだようだけれど、この美しさは現実だ。そして、健二さんが私に気がないのも現実なのだ。
受け止める気持ちになったら、昨日までのただ待ちわびていた日々が、少し昔のことに思えてきた。携帯ばかり気にする生活はもう終わった。日本に帰ったら、冷蔵庫の中のチョコレートは自分で食べてしまおう。今晩はリッチにチリクラブで“決起会”だ!
立ち上がって、お尻についた芝生をふり払う。
佐野 誠との待ち合わせの時間まで、あと30分となっていた。
【第一話完】
●次回予告(3月7日公開予定)
突然、出会ってしまったイケメン商社マン、佐野 誠とチリクラブデート。失恋したての34歳のオンナにとって、シンガポール・バカンスは絶好の切り替えの場となるのか?そして二軒目のバーで予想だにしないことが梨花に伝えられる!?