東京☆ビギナーズ: 倍返しだ!「寿司土下座」で挑む、羽田空港リベンジマッチ。
PM 7:00。羽田空港のAMAラウンジでまつこと2時間。
小和田常務らしき人間を見つけるなり、シンゴは早々に声をかけた。
「すみません。小和田常務でいらっしゃいますでしょうか。」
以前、役員も同席するプレゼン時、顔を合わせたことがあったため、小和田常務はすぐに気づいた。
「あぁ、君かね。何を言われても、あの企画は君にはやらんよ。」
まるで、シンゴが来ることがわかっていたかのように、そっけない回答が返って来た。
― 何が気に入らないんだ、この偏屈オヤジめ…。ここはもうストレートに行くしかないな。―
「なぜ、一度OKを頂いた企画がNGなのか、理由をお聞かせいただけないでしょうか。」
堂々としたサジェスチョンに、小和田常務も受けて立とうと言わんばかりに、口を開いた。
「プレゼン時は標準語だったのに、どうやら聞いた話では、君は実は大阪人だというじゃないか。私はね、嘘つきと大阪人が大嫌いなんだよ!!」
― そ、そんな理不尽な…。ただ、もう理不尽な東京のビギナーいじめにはもうだいぶ慣れてきたところや…。「例のアレ」やったるしかない。 ―
そういうと、シンゴは大きく体を屈みはじめた。
まるでネタとシャリが一体となった握り寿司かの如く体を折りたたむ。
必殺の「寿司土下座」を決め込んだのだ。
「この度は、誠に申し訳ございませんでした!」
彼の頭は、もうこれ以上どうにもならない角度にまで、ラウンジの絨毯にめり込んでいた。
「一流の男として認めよう。」小和田常務の決意。
「頭をあげなさい。」
小和田常務の声に、それでも決してシンゴは寿司土下座を止めなかった。なおの事、首は重力の何倍もの力を受けて、頭を床へとめり込ませる。
「私は、銀座の『久兵衛』や 、『青空』によく行くんだがね、あそこの職人たちの、力強くも繊細な握り方が大好きなんだよ。そして、君は一流の寿司屋と、普通の寿司屋の違いを知ってるか?」
―なんの話をしているんだ…。―
シンゴの心の声を他所に、小和田常務は続けてこう言った。
「絶妙にシャリに空気を混ぜ込みながら握る寿司は、カウンターに置いた瞬間に “沈む” のがわかるんだ。それもかなり深くね。」
― そ、そうなの…!? ―
「君のその土下座は単なる寿司土下座ではない。絨毯に深く沈むその頭は、まるで一流の職人が握る高級寿司そのものだ。まさに、“高級寿司土下座”だよ!君に、この案件をぜひ任せたい。」
シャリと空気が織りなすマリアージュの如く、二人の気持ちは一気に混じり合い、見事に案件が成立した。
「しかも予算は特別に、“倍返し”だよ。」
◆
無事にトラブルを乗り越え、羽田空港から程なく近い京急蒲田で、一人打ち上げと言わんばかりに中華料理屋でビールを飲みほす、シンゴ。
― 今回のトラブルも災難だったな…。―
「あのぉ…、もしかして“高級寿司土下座”の方じゃないですか?」
そこにいたのは、スエットにも近いラフな格好をした、シンゴと同い年くらいの20代後半と思しき、知らない女性がいた。
東京人生ゲームの拓哉もハマった蒲田のホッとする居心地に、心が緩んでいる暇もなく、シンゴの次のトラブルへの予感が渦巻いていた…。








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