崖っぷちアラサー奮闘記 written by 内埜さくら Vol.1

崖っぷちアラサー奮闘記:芸能界から捨てられた女の「これが私の生きる道」

「女優を辞めても絶対に故郷へは戻らない」

 そうかたくなに決意したのは、いまも両親が住むK町が、静岡のなかでも特に田舎と呼ばれる地域ゆえだった。

 K町は、住民間の噂話はその日のうちに全員に広まる。女優としての仕事がなくなり2年、引退して1年、計3年あまり、メディアで活躍していない、30歳になった自分が故郷に身を寄せたら、どんな噂話をされるかはたやすく想像できる。もう若いとはいえない両親に、肩身の狭い思いをさせたくはなかった。

 それに、過去に女優をしていた自分が平然と街を歩くことができるのは、東京に居を構えているからこそだと、涼子は実感している。

田舎と違い東京の人間は、赤の他人の顔をそれほど注意深く見る人はいない。たとえ「高木雅」だと気づいても、見間違いだと思い込んでくれる人が大半だった。東京の、「他人にそれほど注視せず放っておいてくれる文化」に、涼子は引退してから感謝している。

 以前、新聞記事で見かけたが、指名手配犯は、人口密度が高い地域に身を潜めていれば返って目立たないという抜け道を利用して、都心の繁華街に潜伏するケースが多いという。

「東京を“隠れ蓑(みの)”にしているわたしも同じなのよね」

 涼子はそれをいままた思い出し、自嘲のような苦笑いを浮かべる。

 ただ、東京を“隠れ蓑”にしながらも涼子は、自分の人生を再生できるのも東京だけだと信じていた。30歳独身女性という肩書きは、K町では行き遅れどころか貰い手なしと嘲笑されるが、東京には自分と同じ身の上の女性が無数にいて、しかもいきいきと仕事をしている。

 だから東京は、30歳独身の自分でも、やり直しができるはずだ。

 だが、やり直すためには先立つものが必要だと引退してすぐ、仕事探しを始めた涼子は、早々に壁にぶち当たった。芸能界しか知らず、手に職も実務経験もないアラサー女を正社員として雇ってくれる企業が皆無だったのだ。

「もう目立つ仕事はしたくない」と、事務職に応募してみたものの、50社以上から不採用通知を受け取った。とことん、惨めな気持ちを味わったが、貯蓄が底を尽きかけてきたため、あきらめるわけにもいかない。

 女優をしてたころ、なぜジュエリーに関心を持たなかったんだろう――。

 涼子はいまさらながら悔いた。父親譲りの堅実な性格で、ギャラが振り込まれるたび貯金は続けてきたが、“清水買い”したDOLCE & GABBANAのワンピースもGUCCIのコートも、一度袖を通せば古着である。生活のため今年手放したそれらは、買い取り価格が安定しているジュエリーとは異なり、驚くほど安く買い叩かれた。

 だが、そんなことに憂いている時間はない。「そうだ、『芸能界から消えた女優』なんて見てる場合じゃない」とサイトを閉じ、また転職サイトを閲覧していると、携帯がメールの着信を知らせた。

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