リアル働きマン葉子!黒革の編集手帳 written by 内埜さくら Vol.9

リアル働きマン葉子!勝手に合い鍵を作った、恐怖の元恋人と鉢合わせ!

前回までのあらすじ

食雑誌である『月刊東京ウォーキング』の編集者・高嶋葉子(35)は、この道10年目の中堅、未婚、彼氏アリ。

誠実で愛すべき 年下彼氏である橘 京太郎(28)は、ひょんなことから同僚の倉田紗耶香を自宅に入れるはめに……。運悪くその晩、葉子も京太郎宅へ。その場では難を逃れたものの、甲斐甲斐しく手料理を作る葉子の足の裏に、紗耶香のピアスが……。

「今日は帰る」

バッグとコートを急いで手に取り、葉子が玄関へと走っていく。その後を追い、京太郎が葉子の二の腕をつかんだ。

「嫌よ、離して!」
「駄目だ、離さない!」

しょせん、女は男の腕力にはかなわない。葉子は京太郎に抱きすくめられてしまった。

「お願いだから話を聞いて」

力を込めた京太郎の腕にくるまるような形でその声を耳にした葉子は、抵抗する気力をなくしてしまった。

いい男は、女が隠し持つ弱さを引き出してしまうものだと葉子は痛感する。低く響く甘い声、あたたかな体温、触れ合った瞬間、お互いの肌がぴたりと吸いつき合うような密着感、匂い。

京太郎をまるごと受け止めると葉子はいつも、自分のミスを許さず男と肩を並べて仕事をする、働きマンという仮面であり防御壁をはがされてしまう。

葉子に働きマンの仮面であり防御壁を装着させたのは、『東京月刊ウォーキング』を手がける前、別の会社で3年間、コスメ雑誌の編集に携わっていたころの壮絶なイジメ体験だった。

長らく出版不況が叫ばれるなか、その編集部でもなかなか新たな人材が補充されず、葉子は5年ぶりの新人だった。30代半ば以降の女性ばかりの編集部内で、葉子はただ若いという理由だけで、女性編集者全員からイジメの標的にされた。

仕事の教えを請うと、「あなたに教えることはないわ」と立ち去られ、ミスをすると「こんなこともできないの!?」と、室内に響き渡る大声で怒鳴られることは日常茶飯事。(教えてもらっていないんだから当然なのに……)という心の声を言葉にせず、葉子はノウハウ本やルールブックで編集のいろはを勉強した。

ある日、取材を終えて会社に戻ると、予定を記すホワイトボードが全員、空白だった。「先輩から『帰っていい』と指示されるまで帰宅するな」と言われていた葉子は深夜まで待ったが、誰も戻ってこないし電話にも出ない。困り果てて終電で帰ったところ、翌日「なぜ帰ったのか」と全員から叱責され、その日から1週間、徹夜するほどの仕事もない週なのに、編集部への泊まり込みを強要された。

ワンピースを着ていただけで、「ろくに仕事もできないくせに、男とデート?」と嫌味を言われ、洋服にコーヒーをこぼされたこともある。

葉子は悔しかった。私にもっと彼女たちに対抗できるキャリアと実力があれば、イジメられずにすむのに――。

だから葉子は、彼女たちを見返すために、一心不乱に仕事に打ち込んだ。ここで負けたら、どこへ行っても負ける。そんな思いに突き動かされていた。

しかし、イジメが鳴りを潜めたのと時を同じくして雑誌が休刊になり、転職した。葉子が前編集部で学んだことは、実力がなければ排除され、実力があっても気の強さを演出としてでも持ち得ていなければ、淘汰されてしまう現実だった。

だが、働きマンの仮面がはがれてしまったいま、「どういうこと?」と、強気な態度で詰め寄る勇気はない。だからあえて今日だけは、距離を置いて冷静になろうとしたのに――。

葉子の身体から力が抜けた一瞬を逸さず、京太郎は葉子を寝室へといざない、2人でベッドに腰かけた。

そして京太郎は昨夜、倉田紗耶香が自宅に泊まった経緯を説明した。紗耶香にキスをされた事実は当然、告げられなかったが、

「話してくれてありがとう。わかった。私、京太郎の言うこと信じるよ」
 そう言うと、葉子はにっこりと微笑む。

「本当なの?」と追及しないし、「もう2人で会わないと約束して」と、ごねることもなく、素直に自分を信じてくれる葉子を、京太郎はたまらなく愛おしく感じた。抱きしめる腕に力がこもる。

「痛いよ、京太郎」

うれしそうに葉子が身をよじる。よかった、仲直りできて。京太郎はゆっくりと葉子をベッドに横たえ、キスをしながら葉子のブラウスのボタンを外していった。

2人の仲睦まじさは、日曜の夜、池尻大橋にある居酒屋『四文屋』に着いても続いていた。平日は夕方早い時間からサラリーマンでにぎわうこの大衆店は、焼きとんや焼き鳥が1本100円からと安価で、給料日前になると2人で足を運ぶ店だ。

「ん~、おいしい!」

3杯目の富乃宝山のロックを、葉子が飲み干す。

「いつだってお酒はおいしいでしょ、葉子は」
「違うわよ。京太郎がとなりにいるからおいしいの」

じゃれあっていると、背後から肩を叩かれ声をかけられた。

「京太郎、久しぶりね」

後ろに立っていたのは大学の同級生、槇本梨沙だった。

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