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TOUGH COOKIES Vol.46

夫と別れたあとの後遺症がひどくて…。妻でも母でもなく、女として生きた彼女の末路

SUMI

ルビーは6歳から、祖母との2人暮らしになった。想定外だったのは、明美の症状が根深くなかなか改善しなかったこと。さらに明美が家を出てすぐに、料亭の経営不振を狙った外資系ホテルからの買収攻撃が始まり、心身ともに負担がかかったせいなのか、祖母が病に倒れ、明美が家を出た2年後に亡くなってしまったこと。

祖父はもう数年前に他界していたし、明美は他に姉弟はおらず、頼れる親戚もいない。こうしてルビーは、母の帰りを待たずして施設に預けられることになった。それがルビー8歳の時だったという。

明美は悔し気に唇を噛んだ。

「その頃はもう、記憶がない…ということはなくなっていたんですが、完治、というわけにはいかなくて」

幼いルビーを思えば、なんと苦しく悲しい状況なのだろう。施設に入る前に…何か方法はなかったのか。ともみは歯がゆい気持ちで聞いた。

「施設に入る前に…迎えに行くことはできなかったんですか?」
「行きましたよ」

と少しだけ強くなった明美の語気は、「でも…」と、すぐにしぼんだ。

「…ダメだったんです。私じゃ、ダメだった」

ルビー @BAR・Sneet


「…ってことは今、お前の代わりに、ともみがお前の母親とタイマンしてるってことか」
「タイマン…って。ミチさん、ヤンキー上がりがバレるよ?ってまあ隠してないのか」

母親と決別する…という一大イベントを経てTOUGH COOKIESを後にしたルビーは、そのまま帰る気にはなれず、BAR・Sneetのカウンター席に勢いよく座りこむと、母親との事情を知る店長のミチに、今夜の出来事を興奮のまま洗いざらい喋りきっていた。

「…大丈夫なのか?」

見る人が見ればわかる程度、ほんの微かに表情を曇らせたミチを、あ~、とルビーがからかう。

「ともみさんのことが心配?ミチ兄って、ともみさんのこと好きだもんね」

ミチがルビーを睨んだタイミングで、カウンターに座る客からウォッカトニックの注文が入った。

― ミチ兄とともみさんでカップル成立っていうのも、ワンチャンあると思うんだけどなぁ。

誰の気持ちが誰に向いているのか、人の好意の矢印を読み取ることが得意なルビーは、無愛想極まりないくせに、実は誰にでも平等に優しいミチが、ともみのことはちょっと特別…ということに気づいている。

でもともみには大輝という恋人ができて超ラブラブだし、ミチの元カノが登場してひと悶着…ということもあったばかりだし。今すぐ恋のベクトルが動くことはないか…と、少しホッとした自分の気持ちを、気づかないふりで胸の奥…どころか腹の奥に押し込もうとしたとき、ウォッカトニックを客に出したミチが、ルビーの前に戻ってきた。

「オレが心配してんのは、お前だよ」
「…え?」
「痛いならそう言え。痛みをごまかして不感症になるな」

まるで怒っているような口調が、ルビーの胸に染みわたり、隠していた傷口を探りあててしまう。

― いやだ、ダメ。そこに触れられると。


ヤバい、と思った時はもう遅かった。視界が歪み頬を熱いものが落ちていく。ぽろぽろとこぼれたそれは、ぬぐってもぬぐってもカウンターに落ち、やがてルビーはしゃくりあげ始めた。

「泣きたきゃ我慢するなっていつも言ってるだろ。お前は変なところだけ強がるからな」

ミチが小さなため息にさえキュンとしてしまうなんて重症だと、ルビーは自分の恋心に腹が立った。

そう、ルビーはミチに恋をしている。ミチにとって自分は妹のような存在で、女性として眼中に入れてもらえないと知っているから、一度も気持ちを伝えたことがないけれど、もう随分長い間の片思いだ。誰と付き合ったとしても、誰より大好きなのはミチ。隠し続けてきた秘密の恋だ。

明るくて正直なルビー。みんなが思う自分のキャラに、報われない片思いなんて似合わないし恥ずかしくて、やめてしまいたい。なのにずっと諦めきれないのは、ミチがいつも、必要なときに、必要な言葉を、そしてとびきりの優しさをくれるから。それにそもそも。

― かっこいいんだもん。

外見だってドタイプなのだ。190cmを超えるマッチョな体も、肩ほどの長髪を1つに結んでいるのも、眼光の鋭い瞳も、その下にある傷さえも。色っぽい指先や、薄い唇にはいつか触れてみたいし…と言い出したらきりがないと、ルビーは溜息をついて涙を拭いた。

「…今日はミチ兄のオゴリってことでいい?」

わざとふてくされた口調で甘えたルビーに、ミチが、フッと笑った。その笑顔は反則だよ、大好き!!と叫びたくなったのは、今、かつてないほどに弱っているからだと、ルビーはごまかすように言葉を足す。

「ジントニックお代わり。それとお腹もペコペコだから、スパイスカレーも大盛りで」

めんどくさそうに、でも断ることなく動き始めたミチを眺めながら、もうしばらく…もう少しだけでいいから、誰のものにもならないで欲しいと、ルビーはひっそりと願った。


▶前回:最低なことをする彼でも「愛しているからいい」と思ってしまう女性心理とは

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶NEXT:1月20日 火曜更新予定

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この記事へのコメント

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No Name
PTSDかぁ… 病気が絡むとルビー母を責める事も出来なくなるけど、やっぱり一番の被害者はルビーだしとても複雑な気持ちになる。 ルビー♡ミチの可能性もゼロではないよね。
2026/01/13 05:2117Comment Icon1
No Name
突然彼と会えなくなった事は本当に辛いだろうし心中お察し申し上げるけど、そんな時こそルビーを守る行動をするのが母親の役目でもあるのにと思ってしまう。 会って話し合えないならこちらから出向きますよとか、そしたら彼も家族にバレるので一度は会って謝罪したのではと。そこで訴えない代わりに和解金と養育費をこれでもかという額で請求。 実家の老舗料亭にも出資してもらってとか。 そうすればルビーを海外のボーディングスクールに入れる等出来たはず。施設はあり得ない。
2026/01/13 07:0410
No Name
ルビーもミチとともみお似合いだと思ってたのかーからのルビーのミチへの片思い!
ルビー幸せになってほしいよ
ミチ気づいて振り向いてほしい
2026/01/13 07:069Comment Icon2
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TOUGH COOKIES

SUMI

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが

その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。

そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。

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