ルビーは6歳から、祖母との2人暮らしになった。想定外だったのは、明美の症状が根深くなかなか改善しなかったこと。さらに明美が家を出てすぐに、料亭の経営不振を狙った外資系ホテルからの買収攻撃が始まり、心身ともに負担がかかったせいなのか、祖母が病に倒れ、明美が家を出た2年後に亡くなってしまったこと。
祖父はもう数年前に他界していたし、明美は他に姉弟はおらず、頼れる親戚もいない。こうしてルビーは、母の帰りを待たずして施設に預けられることになった。それがルビー8歳の時だったという。
明美は悔し気に唇を噛んだ。
「その頃はもう、記憶がない…ということはなくなっていたんですが、完治、というわけにはいかなくて」
幼いルビーを思えば、なんと苦しく悲しい状況なのだろう。施設に入る前に…何か方法はなかったのか。ともみは歯がゆい気持ちで聞いた。
「施設に入る前に…迎えに行くことはできなかったんですか?」
「行きましたよ」
と少しだけ強くなった明美の語気は、「でも…」と、すぐにしぼんだ。
「…ダメだったんです。私じゃ、ダメだった」
◆
ルビー @BAR・Sneet
「…ってことは今、お前の代わりに、ともみがお前の母親とタイマンしてるってことか」
「タイマン…って。ミチさん、ヤンキー上がりがバレるよ?ってまあ隠してないのか」
母親と決別する…という一大イベントを経てTOUGH COOKIESを後にしたルビーは、そのまま帰る気にはなれず、BAR・Sneetのカウンター席に勢いよく座りこむと、母親との事情を知る店長のミチに、今夜の出来事を興奮のまま洗いざらい喋りきっていた。
「…大丈夫なのか?」
見る人が見ればわかる程度、ほんの微かに表情を曇らせたミチを、あ~、とルビーがからかう。
「ともみさんのことが心配?ミチ兄って、ともみさんのこと好きだもんね」
ミチがルビーを睨んだタイミングで、カウンターに座る客からウォッカトニックの注文が入った。
― ミチ兄とともみさんでカップル成立っていうのも、ワンチャンあると思うんだけどなぁ。
誰の気持ちが誰に向いているのか、人の好意の矢印を読み取ることが得意なルビーは、無愛想極まりないくせに、実は誰にでも平等に優しいミチが、ともみのことはちょっと特別…ということに気づいている。
でもともみには大輝という恋人ができて超ラブラブだし、ミチの元カノが登場してひと悶着…ということもあったばかりだし。今すぐ恋のベクトルが動くことはないか…と、少しホッとした自分の気持ちを、気づかないふりで胸の奥…どころか腹の奥に押し込もうとしたとき、ウォッカトニックを客に出したミチが、ルビーの前に戻ってきた。
「オレが心配してんのは、お前だよ」
「…え?」
「痛いならそう言え。痛みをごまかして不感症になるな」
まるで怒っているような口調が、ルビーの胸に染みわたり、隠していた傷口を探りあててしまう。
― いやだ、ダメ。そこに触れられると。
ヤバい、と思った時はもう遅かった。視界が歪み頬を熱いものが落ちていく。ぽろぽろとこぼれたそれは、ぬぐってもぬぐってもカウンターに落ち、やがてルビーはしゃくりあげ始めた。
「泣きたきゃ我慢するなっていつも言ってるだろ。お前は変なところだけ強がるからな」
ミチが小さなため息にさえキュンとしてしまうなんて重症だと、ルビーは自分の恋心に腹が立った。
そう、ルビーはミチに恋をしている。ミチにとって自分は妹のような存在で、女性として眼中に入れてもらえないと知っているから、一度も気持ちを伝えたことがないけれど、もう随分長い間の片思いだ。誰と付き合ったとしても、誰より大好きなのはミチ。隠し続けてきた秘密の恋だ。
明るくて正直なルビー。みんなが思う自分のキャラに、報われない片思いなんて似合わないし恥ずかしくて、やめてしまいたい。なのにずっと諦めきれないのは、ミチがいつも、必要なときに、必要な言葉を、そしてとびきりの優しさをくれるから。それにそもそも。
― かっこいいんだもん。
外見だってドタイプなのだ。190cmを超えるマッチョな体も、肩ほどの長髪を1つに結んでいるのも、眼光の鋭い瞳も、その下にある傷さえも。色っぽい指先や、薄い唇にはいつか触れてみたいし…と言い出したらきりがないと、ルビーは溜息をついて涙を拭いた。
「…今日はミチ兄のオゴリってことでいい?」
わざとふてくされた口調で甘えたルビーに、ミチが、フッと笑った。その笑顔は反則だよ、大好き!!と叫びたくなったのは、今、かつてないほどに弱っているからだと、ルビーはごまかすように言葉を足す。
「ジントニックお代わり。それとお腹もペコペコだから、スパイスカレーも大盛りで」
めんどくさそうに、でも断ることなく動き始めたミチを眺めながら、もうしばらく…もう少しだけでいいから、誰のものにもならないで欲しいと、ルビーはひっそりと願った。
▶前回:最低なことをする彼でも「愛しているからいい」と思ってしまう女性心理とは
▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱
▶NEXT:1月20日 火曜更新予定







この記事へのコメント
ルビー幸せになってほしいよ
ミチ気づいて振り向いてほしい